« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月

2007年7月22日 (日)

松江の医院建築

070412asano1
長々と出雲の建築を紹介してきましたが、
最後に松江の医院建築を紹介します。

街中を歩いていて、すぐに目に付くのが、こちら。
末次本町の浅野小児科医院です。
大正元年(1912年)の木造建築で、小道さんによれば、平成元年に外部の復元工事が行われているそうです。

いかにも品のあるお医者さんという風。
装飾のバランスがよく、窓の桟など美しい分割です。
ピンク基調ですが、ポイントでグリーンを配しています。

070412asano2
入り口には白い円柱が3本×2。花崗岩でしょうか。
支えるのは地元の大根島石です。

070412asano3
両脇にはうろこ状の装飾。

070412asano4
道路との間にはシンプルなデザインが施された石柱(来待石?)が並んで、このスペースに石庭があります。
足下だけをみたら、全体とは違った印象を受けます。

070412asano5
床下換気口のグリルには、「丸に違い鷹の羽」の紋。おそらく家紋なんでしょう。
この紋は大名の浅野家の家紋らしく、この医院も浅野小児科医院ということは、もしかして浅野家の関係?
そこまでは確認できていません。

070412mihara
もう一つ、西茶町に気になった建物があり、帰ってから旧三原歯科医院と知りました。大正15年(1926年)の建築。
角の3本の円柱と2階まで伸びる窓、アーチ状の窓が印象に残ります。
アイストップになる場所で、場所がいいので、何かに利用してもらえるといいんですが。

(追記)
 うんせきブログさんの記事によれば、
 2009年に取り壊されたそうです。
 (2009.11.21)

松江にはまだまだ近代建築があり、文化的素養の豊かそうな街で、ストックを活用する民間の動きも見られましたので、これから近代建築も観光資源や商業・文化施設として活用が進むことを期待します。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月 9日 (月)

松江の洋風町家

070412youmachiya1
松江の町を歩いていて、気になる町家がありました。
これです。場所は石橋町。なんとなくスケールが和風ではない気がします。
また側面のデザインも洋風です。

070412youmachiya2
もう一ヶ所、西茶町にも、同様の町家がありました。
側面に隣の町家の痕跡がありますが、こちらが通常のスケールのように思います。

洋風仕様で建てた町家という感じがするのですが、どうなんでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 8日 (日)

のきらんま?

070707stanabe1
JR阪和線の南田辺駅前で見かけた四軒長屋です。
軒下に欄間のような飾りが付いているのですが、これって何と呼ばれるんでしょうね。(仮称)「軒欄間」ってとこか。4軒とも違うパターンなのが面白いところです。タイルも違う。

070707ramma1

070707ramma2

070707ramma3

070707ramma4

南田辺駅前は落ち着いた通りが通っていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 7日 (土)

地元素材の擬洋風(松江・興雲閣)

070412kouun
今回ご紹介するのは、松江城二の丸に建つ、興雲閣です。
明治36年に工芸品陳列所としてオープンしましたが、その実、明治天皇の山陰巡幸の行在所として建てられたそうです。でも巡幸は中止になり、代わりに皇太子(のちの大正天皇)が滞在、それに合わせて改修されたそうです。
以後、展覧会場や教育委員会の事務所に使われ、昭和48年以降は松江郷土館になっています。

070412kouun2
入り口の車寄せ部分。
建築としては擬洋風建築で、県の技手が設計したと推定されるそうです。
石材などは地元のものが使われています。

070412kouun3
さらに拡大。柱を支えるのは、松江から近い、大根島の島石ー多孔質で黒色の玄武岩質安山岩です。こんなに穴だらけで大丈夫なの?と思いますが、壁や柱を支えているので、強度は十分なのでしょう。床面には来待石が使われています。松江らしい取り合わせです。

070412kouun7
床下の換気口は吉祥模様の分銅をかたどっているようです。
このあたりの部材も大根島石。

070412kouun4
こちらは2階部分。車寄せの真上です。ここは拝謁所として使われたそうです。

なお、郷土館には、昔の貴重な写真などが展示されていて、参考になりました。
白潟の大火や、のち住宅地になった競馬場の写真、橋の模型などを見ることができました。

070412kouun5
2階のベランダ部分。かなり密に持ち送りを入れています。
隣は松江神社。

070412kouun6
瓦屋根には千鳥破風。懸魚までぶらさがって和風ですが、換気口の○と波紋模様?は洋風ですね。

070412matsuejo
さて、松江城まで来たので天守閣にも登ります。
天守閣は1607年の築城当時のものらしいです。

070412georama
天守閣は他のお城と同様、博物館になっています。街歩きする人に参考になるのが、昭和34年当時の街並みを記録した巨大なジオラマ。映画館の位置や当時残っていた建物などが分かり、非常に参考になると思います。
江戸時代のジオラマもあります。

県立博物館は出雲に移転してしまいましたので、松江の街歩きの参考になるのは、松江郷土館と松江城天守閣の2ヶ所だと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 2日 (月)

松江の銀行建築

070412karakoro0
今回は銀行建築です。
お堀越しに建つこの建物は、旧日本銀行松江支店。設計者は長野宇平治なので正統です。昭和13年に建てられました。

平成12年からはカラコロ工房として、体験型の観光スポットになっています。

070412karakoro1
もうちょっと近寄ってみましょう。
窓の格子の模様などかなり幾何学的。

070412karakoro3
内部は銀行の空間そのままに、工房や店舗をはめこんでいます。窓口などもそのまま。

070412karakoro2
2階からみるとこんな感じになります。

070412karakoro4
階段室。大理石が張り回されています。
大理石はまだぴかぴか。あまり使ってなかったのでは?

070412karakoro5
地下の金庫室も見ることができます。
さすがに分厚い扉。
内部はギャラリーに使われています。

070412karakoro6
金庫はアメリカ製でした。
運んでくるのがたいへんそう。

070412sangou1
続いては山陰合同銀行北支店(旧八束銀行本店)です。
角の丸みや窓と窓の間の飾りなど、親しみやすく感じるのは、大正15年という時代のせいか、民間の銀行のせいか。たぶん両方なんでしょうね。

070412sangou2
大正らしい窓間の飾りです。

070412shimashin
次はしまね信用金庫旧本店。
駅前の通りにあります。
こちらは昭和元年の建築です。
「おいしそう」と思う感覚は間違っているでしょうか。
左上の窓がアンバランスに大きいのは頭取室なのかも。

070412shimashin2
拡大してみました。
窓の間に控えめに花の模様が入っています。
大正から昭和への過渡期という感じがします。

(追記)うんせきブログさんの記事で、2007年10月にしまね信用金庫旧本店が解体されていたことを知りました。好きなタイプの建物だったので残念です。(2008.7.7記)

070412daisan
最後にこれも銀行建築です。
明治35年に土蔵造で建てられた旧第三国立銀行松江支店(かげやま呉服店)です。
むしろ呉服店の方がぴったりのような気がします。

まだ他にも銀行建築があったそうで、かつての豊かさがしのばれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 1日 (日)

松江堀川めぐり

070412hori1
今回はいつもと違って(?)表の観光です。
松江といえば水の都。堀川めぐりを紹介しないといけません。
松江城の内堀、外堀をぐるっと回る形で屋形船が運航されていて、途中3ヶ所の発着場があります。料金は1,200円ですが、1日乗り放題というありがたい設定。

上の写真はカラコロ広場発着場です。
船は15分間隔で運行されています。

070412hori2
船には靴をぬいで乗り込みます。大阪のアクアライナーと比べると、船も小振りなら、水路も小振り。しかしながら、同様に屋根が下がる機構がついています。ここまで下がるので、床に伏せないといけません。ちょっと楽しい。

路線の東半分は民家の裏を通ります。昔は「裏」ではなかったはずですが、船を通すことになったときは反対もあったそうです。今は、船から見えるように、窓際にぬいぐるみをディスプレイしている家もあります。

070412hori3
到着したのは大手前の発着場。ここから松江城に入れます。

070412hori4
こちらは路線の西側。緑豊かな水路を走っていきます。

070412hori5
そして、もう一つの見所がここ。
狭い水路をくぐり抜けます。
ほんとうに狭いでしょう?

堀川めぐりは今年で10周年を迎えるそうです。
神戸出身の市長が、この堀川を生かさないのはもったいない!と始めたそうです。
細々と始めた遊覧船も今ではかなりの船が走っています。

また、楽しいのが船頭さんの解説。
報酬は出るようですが、ボランティア的に運営されていて、例えば、最初に乗ったときの船頭さんは居酒屋のご主人でした。基本的な解説はあるものの、それぞれ方の個性的な解説が入り、特技の歌を披露する方もいたり、何度も乗る楽しみを用意してくれています。

次に来たときもきっと乗ってしまうと思う堀川めぐりでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

住宅になった公園

070616shimizu1
この写真、何だと思います? この家は今回のテーマに関係ありません。

以前に取り上げた“大正期の公園を求めて”シリーズ。
あと1つの公園が残っていました。どう見ても期待できないから後回しになっていたのですが、確認のために出かけてきました。やはり跡形もありません。
そう、この写真のあたりが清水谷小公園の跡と思われるのです。

大正6年開園で、面積は803坪。大阪市内で6番目の公園です。

070616shimizu2
もう少し右を向くと位置が分かります。
右は清水谷高校のグラウンドです。

070616shimizu3
グラウンドの北側に、大正期の公園によく見られるシュロの木が生えていました。

070616shimizu5
グラウンドの公園側(西側)には、石材が無造作に積んであります。
もしや公園の一部もここに・・・

070616shimizu4
公園跡のすぐ外側にはこういう昔ながらのお店がありました。

さびしいラストですが、今回はこのへんで。
これに懲りず、残りの明治・大正の公園、昭和初期の区画整理公園も追ってみようと思います。


(追記)
大正天皇即位御大礼事業の6公園は、家屋密集地に整備されたそうです。(2008.11.3記)

○大阪市内の明治・大正期の公園
 1.住吉公園(明治6年)「大阪で最初の住吉公園」
 1.天王寺公園1(四天王寺)(明治6年)
 3.中之島公園(明治24年)
 *.天王寺公園2(明治42年)
 4.日本橋街園(大正5年)「御蔵跡の公園へ」
 5.築港遊園地(大正6年)
 5.清水谷小公園(大正6年)「住宅になった公園」(今回)
 5.北野小公園(大正6年)「閉じられた公園」
 5.西野田小公園(大正6年)「神域になった公園」
 9.九条小公園(大正7年)「大正期の公園を求めて」
 9.阿波座小公園(大正7年)「学校になった公園」
 9.御蔵跡小公園(大正7年)「御蔵跡の公園へ」
 12.西九条小公園(大正8年)「大正期の公園を求めて」
 13.木津小公園(大正11年)「ショールームになった公園」
 13.新世界街園(大正11年)
 15.桜宮公園(大正12年)
 15.扇町公園(大正12年)
 15.市立運動場(大正12年)
 15.恵美須町街園(大正12年)
 19.大手前遊歩道(大正13年)「大手前遊歩道」
 20.福島公園(大正14年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »