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2007年6月

2007年6月24日 (日)

夕陽の街・松江

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松江は宍道湖の東岸にあります。
逆にいうと、松江の西には宍道湖が開けています。
なので、松江は夕陽の街として知られるそうです。

湖岸の島根県立美術館も夕陽を意識していて、閉館時間は日没後30分に設定されています。これはいいシステムだと思います。閉館時間を覚えていなくても、日の高さを見て、まだ間に合うとか判断できるわけですから。

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大阪も西に開けた夕陽の街ですが、海との違いを感じたのは、この湖面を見たときです。えもいわれぬ色合いは、ここに住む人の美的感覚にも影響しているのではないでしょうか。

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2007年6月23日 (土)

松江モダン

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松江の街といえば江戸時代の城下町。
そして明治の小泉八雲。
それだけでも十分観光できてしまいます。
カラコロ工房という旧日本銀行の建物はありますが、昭和初期というのは、ここではほとんど観光の対象ではありません。

そんな松江で昭和初期のモダン建築が立ち並ぶのが白潟本町。
城下町の中心部からは川向かいで、宍道湖の東岸にあり、江戸時代は廻船問屋が建ち並んでいた商人の街でした。
昭和2年に白潟の大火があり、その後、耐火建築に建て替えられたために、鉄筋コンクリートの建物が並ぶことになります。

最初に紹介するのは尾原ビル(旧尾原呉服店)。昭和7年の建築です。最上階にはかつて宍道湖を眺めるカフェがあり、屋上庭園が今も残っているとのこと。

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松江で最初のエレベーターが付いた、当時かなりモダンなビルだったようです。

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中に入る時間はなかったのですが、入り口のステンドグラスは、微妙な色合いが美しいです。宍道湖の色を思わせます。

※追記
 この尾原ビルが既に取り壊されたことを知りました。
 5月の連休明けに取り壊しになったとのこと。旅行が4月だったので、1ヵ月ほどで消えてしまったことになります。次に行ったときには中も・・・と思っていたのに。はかないものです。(2007.7.10)

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次いでは山陰合同銀行旧本店営業部。
こちらは戦後建築で、昭和28年のものです。

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現在は白潟ギャラリーとして、天井の高いスペースが展示スペースに活用されています。

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そしてこちらが昭和12年の出雲ビルディング。
最上階は増築されているようですが、味があるビルです。
2階にはバルコニーがあります。

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2階以上の部分です。
簡略ながら、ところどころ装飾があります。

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メインの階段。狭いです。
いろんな素材を使っています。
左にある緑色のものは何か分かります?

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ちょっと面白い郵便受です。
がばっと開いて、裏から取り出すようになっています。
ビルの使われ方は大阪などと同じく、ちょっとしたライブハウス&スタジオなどが入っています。

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正面に戻ります。
松葉菱に“I”のマーク。
もちろん、“I”は出雲ビルの“I”で、松葉菱は松江ということではないでしょうか。

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同じ通りに松江バザールというお店があります。
こちらは松葉菱に“B”。同じ空気を共有しています。

尾原呉服店のネオンにしてもそうですが、かつての繁華を想像させる華々しい字体です。今は寂しい商店街ですが、いずれこの資産をもとに復活してもらえばと期待します。

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2007年6月21日 (木)

扇町の静かな滝

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扇町ついでにもう一つ。
大阪市水道局扇町庁舎の中には滝があります。
・・・といっても本物ではなくて、タイルでできた静かな滝。
ホール正面階段と左右の壁を滝に見立てた演出だと思われます。

建物本体は昭和9年(1924年)の建築です。
タイルはもっと新しいでしょうが。

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近くで見ると、波紋、水しぶきまでがタイルで表現されています。

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壁面も上に行くほど明るく、水を立体として表現しているようです。

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さらには、各階を貫く水道管の後ろに、水の存在を感じさせる青いタイルを配しています。

水道局には、遊び心のある人がいるようです。

(追記)水道局扇町庁舎はとうとう解体されてしまいました。もうこのタイルは見られません。(2011.9.17記)

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2007年6月20日 (水)

扇町の煉瓦塀

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扇町の水道局の裏手にちょっと気になる一画があります。
北を向いている写真です。右奥に関西テレビ、左に水道局。
煉瓦の壁があります。

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駐車場が一段低くなっていて、そちらから見るとはっきり煉瓦の壁が分かります。
イギリス積みかオランダ積みですが、下から2段だけ横方向に立てて積んでいます。

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ちゃんと刻印もあって、日本煉瓦株式会社と推定される四弁花です。

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最初の写真で奥の方は、こういう石垣になっています。見えにくいですが、右の方のくぼみを煉瓦で充填しています。

問題はここが何の跡かなんですが、大正3年の地図では、近くに製綿工場のマークが見えます。天満堀川をはさんで向こうは綿屋町。綿か・・・
すっきりしない内容で申し訳ないですが、結論は今のところ保留です。

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2007年6月19日 (火)

つぶぞろいの石垣(木曽岬町)

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出張で出かけた木曽岬町、桑名市長島町はいわゆる輪中地帯。
水に漬かることを考えて、高い石垣の上に家を建てています。

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その石垣をみると丸い石がつぶぞろい。
どこもかしこもこんな石垣でした。
川の下流ですから丸い石が多いのでしょうが、この積み方をみると、ここに住む人はまめなのではないかと思います。

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リクエストにお答えして石垣の拡大。
元の写真も拡大していたので、ちょっと厳しいか。
少しずつ違う色の石が混ざっているのがよいです。

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2007年6月17日 (日)

石州瓦と来待石

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来待石についてもう一つ。
島根県は、日本の三大瓦産地の一つ、石州瓦の産地で、赤い瓦が特徴的です。(あと2つは愛知の三州瓦と淡路瓦)
倉吉や津和野など日本海側の街並みを彩る赤瓦が、来待石の粉を釉薬に使っているというのは、今回初めて知りました。来待石そのものよりも広く行き渡っているわけです。

それとともに、島根県内を旅行して気になったのは、鬼瓦に福の神がレリーフされていること。顔の部分だけ来待釉薬がかからず、肌っぽいので生々しくてどきっとします。しかもそれぞれの棟の先に付いていますので、顔がいっぱい。鬼瓦というと、入ってくる邪を払うものと思っていましたが、ここでは逆に福を呼び込むという、発想の違いが面白く思えます。

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軒瓦の端には、よく太陽のような模様が入っていますが、太陽ではなくて唐草らしいです。


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2007年6月10日 (日)

足下の近代化遺産

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鉄道の近代化遺産には橋梁がありますが、もっと身近なものにプラットホームがあります。

上の写真は南海高野線の大阪狭山市駅(もと大阪高野鉄道の河内半田駅)。この駅は大正6年(1917年)に開業しました。当時のものという証拠はありませんが、ごつごつした切石積みの石垣は古いものと思われます。
大正4年(1915年)開業の南海高野線・浅香山駅なども同様の石垣。

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こんな石垣も。明治43年(1910年)開業の阪急宝塚線・蛍池駅です。こちらは自然石の往復積み。

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南海高野線・堺東駅(もと高野鉄道・大小路駅)は、明治31年(1898年)の開業です。つい最近、プラットホームの下の部分が煉瓦だと気づきました。

プラットホームは新しくても、その下に古いホームが埋まっている例は多そうです。


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2007年6月 4日 (月)

来待石の町(松江市宍道町)

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出雲旅行のつづきです。
出雲市から松江に移動する途中、松江市宍道町の来待(きまち)に立ち寄りました。ここは宍道湖南岸で、出雲石灯籠の石材である来待石の産地です。来待石は、凝灰岩質砂岩で、非常に柔らかい石材です。

その採石場跡地のひとつを利用して、平成8年にモニュメント・ミュージアム来待ストーンがつくられました。石切場跡、博物館、体験工房、陶芸館(来待石は石州瓦の釉薬にも使われる)などからなる施設です。

博物館には右下に見えるトンネルをくぐって入る演出があります。(私は知らずに、裏から回ってしまったのですが)

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来待石のトンネルを抜けるとこうなっています。
左に見えるのが「三才谷の大岩」と呼ばれた石切場跡。右に見えるのが博物館の建物です。
この石切場では、明治25年頃から昭和30年頃まで、10軒の採石業者によって来待石が切り出されていたそうです(解説板より)。今、広場になっている場所も、元は石山でした。左の壁の高さは約25m。

博物館は来待石の解説から、県内の他の石材まで展示してあって、石好きには参考になりました。
館長さんは熱心な方らしく、自筆の資料がたくさん置いてあります。

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片隅には石切用の機械も置いてあります。
大谷石用のチェンソーを改造したものだそうです。

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採石場跡の壁。四角い石材を縦に切り出していくので、このような形になります。表面にマサカリの跡がついています。この写真ではスケールが分かりませんが、間近で見上げると迫力があります。

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来待石の採れるのは、このような低い丘陵地です。
普通は車で訪れるところ、私は来待駅から歩きました。こういう道は、距離以上に遠く感じられます。

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来待石は江戸時代、松江藩で重用され、採石は来待、加工は松江、と分けられていました。明治以降、来待に松江の石工が呼ばれ、来待にも加工業が根付いたそうです。来待石は今も掘られていて、来待のあちこちに石材店があります。

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水辺に近いというのは、石材産地にとって有利な条件です。来待石が積み出された痕跡を見たいと、宍道湖岸を歩きましたが、ちょっと場所を間違えたようです。恐らくこの写真の右手の方。この写真の中央より左方向が松江です。

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宍道湖のしじみ漁の船がたくさん浮かんでいました。

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来待の集落。
来待石が塀として積まれています。

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地蔵堂にも来待石が使われていました。
来待石なので柔らかみがあります。夕陽が射してなお暖かみがプラス。出雲石灯籠はもっときっちりしてますが、この石灯籠は愛嬌があって、子どもみたいです。

石材産地では、石材がこのようにゆるく、ふんだんに使われていて、町の魅力になっています。
合併によって松江市の一部になりましたが、来待石の資源は、うまく活かしてほしいと思います。

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2007年6月 3日 (日)

京都の若冲展

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京都の相国寺・承天閣美術館で開催中の「若冲展」を見に行ってきました。
迷っていたところ、ぷにょさんや、ひろさんのブログを見て、やはり行っておこうと。

若冲というのは、江戸時代中期の京都の画家で、錦市場の青物問屋主人から絵の世界に入った人です。異才の画家として近年評価が高まっています。

若冲展は2000年秋の京都国立博物館以来。
そんなに前だったっけという感じ。今回の出展作である、鹿苑寺大書院障壁画や「動植綵絵」の一部、プライスコレクションなどから構成される大回顧展で、初めて若冲に触れる私は圧倒されました。

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今回の展覧会は、若冲の相国寺ゆかりの作品をまとめて見せる展覧会です。
会期末なので混むことは覚悟していましたが、入り口の表示はなんと“180分”!!
一瞬、計算できませんでした。それって、それって・・・

上の写真は会場外の行列の様子です。行列の最後はずっと左の方で、奥に見える建物の右手が美術館です。
実際には2時間で入ることができました。このあたり誘導が巧みで、3時間といわれて2時間なら、まあ良しという感じです。あきらめる人はほとんどいません。待つ場所がお寺の境内なのも、疲労感を軽減してくれます。

若い人が多いと聞いていたのですが、この日(土曜日)は、年齢層が高く、日経新聞の特集記事を手に持っている人が目立ちました。2000年の若冲展も混んではいましたが、1時間も並ばなかったような。


さて、展覧会の内容です。
まず第1展示室は、水墨画の「鹿苑寺大書院障壁画」50面が中心。墨色の世界。
大胆で巧みな構図と技は、絵画の世界がふすまの向こうにまで広がっているようです。
とくに芭蕉に月の絵などは、どこか東南アジアの生命力あふれる芭蕉のようで、お寺の中とは思えません。

省略するときは大胆に省略し、緻密なときは緻密にと描きながら、全体ではバランスがとられているのに驚きます。

第2展示室は、一転して極彩色の「釈迦三尊像」と「動植綵絵」30幅です。皆さんおっしゃっていますけれど、これは圧巻です。鮮やかな絵の具で、執拗なまでに描き込んでいます。江戸時代のものがよくこんな鮮やかさで残っているものだと思います(昨年、宮内庁で修復されているそうですが)。

どんな絵かはこちらをご覧ください。
伊藤若冲『動植綵絵』人気投票。ひろさんが引用されていて分かりやすいので、流用させていただきました。

私の気に入ったのは「芦雁図」。氷の張った水面に飛び込んでいく雁は静止させながら、飛び散った雪が動きを示しています。

通して見て思うのは、若冲はデザイン的な感覚の持ち主だということ。実物の観察に基づきながらも、形や色は構図のために大胆にアレンジされています。梅の枝や岩、波、空中で体をひねる鳥など、相当にデザイン化されています。一番、印象に残ったのは「南天雄鶏図」。赤い南天の実の形と、赤い雄鶏のとさかの形が呼応しています。また、帰ってから気づいたのですが、「向日葵雄鶏図」では、雄鶏の羽根の白黒柄がそのまま朝顔の白黒柄と呼応しています。鶏と植物が流れるように溶け合っている不思議な世界です。

一通り見終えた後、会場中央から両側の絵を眺めました。もともとの意図なのでしょう。左右の絵が対になっています(図録もそういう形で掲載しています)。魚と魚は普通ですが、池辺と海辺、鳳凰と孔雀、雁と鵞鳥、鶏一対と鶏いっぱいなどなど、その対比のさせ方も単調ではなく、ずらしがあって楽しめました。

立ちっぱなしでかなり疲れましたが、満足感の多い展覧会でした。

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ヴォーリズ建築のカフェ(京都)

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ぷにょさん、ひろさんのブログを読んでやっぱり行っておこうと、京都に「若冲展」を見に行ってきました。

その話の前に、昼ごはんを食べたお店を紹介しておきます。近くに何かないかなと調べてみたら、ヴォーリズ設計の住宅をつかったカフェがあるとわかり、そこに決定。
お店の名前は、バザール・カフェ。看板が出ていなければ、住宅にしか見えません。

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メニュー。営業は木・金・土で、各国の料理が日替わりで提供されるのも特徴です。この日はタイ料理の日。ちょっと見たところ、韓国料理、フィリピン料理の日もあるようです。建物の中からは働いている外国人らしい賑やかな声が聞こえてきます。

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この建物は、フレンドミッションハウス(B.F.シャイブリー邸)という、同志社大学で働く宣教師のために、1919年(大正8年)に建てられた住宅だそうです。同志社大学からはすぐ近く。

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カフェには建物の脇を通って入ります。
これで合っているのかなと思いながら。

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その向こうにはテラスのある開放的なカフェが!
驚きました。庭も広く、緑が溢れています。
学生が哲学的な話をしていて、それもまた京都らしい。

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私はタイ料理のランチセットを頼みました。650円。
甘めの味付けでしたが、本場の味なのだと思います。

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緑に埋もれるように。
屋内にも十分な客席があります。
暖炉や古いピアノなど、古い雰囲気を残して、お店にしています。

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庭の片隅には、フェアトレードのお店もあります。
まちなかにありながら、ゆったりできるお店でした。
おすすめです。

お店を出た後は、同志社大学のキャンパス内を、建物を眺めながら抜けて相国寺に向かいました。

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展覧会の後は、出町柳まで歩きました。
ファラフェル・ガーデンというイスラエル・カフェ(珍しい)があったので、こちらでひと休み。
ファラフェルは、ひよこ豆の揚げ団子とサラダにごまソースをかけて、ピタパンにはさんだスナック。このお店はこのメニューをメインにしています。
築百年以上の町家を大幅改造したお店で、こちらも気持ちの良い中庭スペースがあり、外国人で一杯でした。

古い建築+エスニック料理というのも、京都らしいお店の一パターンかもしれません。

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