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2007年5月

2007年5月30日 (水)

出雲市今市の用水路

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出雲市の中心部は、今市という町です。
玄関にあたるJR出雲市駅は高架化されて、両側(写真は南側)に広い駅前広場が取られています。
こちらに泊まったのですが、工場の作業服を着た人たちと多くすれ違いました。

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駅前こそ新しいものの、商店街に入るとこのような豪快な商家が並んでいます。かなりの奥行き、そして高さ。この豊かさをもたらしたものは、繊維産業なのでしょうか。今市というからには、“古市”があるはずですが、まだ確認していません。

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商店街に平行する通りに、酒蔵がありました。
旭日酒造の大正15年の酒蔵か。
かなり大きな酒蔵です。

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旧市街の北側に接して、ジャスコと専門店の入るショッピングセンター「パラオ」があります。テナントは、先ほどの商店街の店が入っているとのこと。典型的なパターンです。
この町唯一の映画館(2スクリーン)もこの中にあります。
来年にはさらに北に大型のショッピングセンターができて、10スクリーンのシネコンが入るそうです。これも最近のパターン。

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旧市街の北(パラオの手前)には、江戸時代につくられた人工の用水路「高瀬川」が流れています。高瀬舟が使われたので高瀬川の名になったといいます。京都の高瀬川は、水面が高いから“高瀬”川になり、そこで使われるから高瀬舟と呼ばれると思うのですが、船を介して地名が転写されたとしたら面白いことです。

この川は出雲大社駅の記事で紹介した砂丘地帯の開拓のために、斐伊川から12kmにわたって引かれたそうで、出雲大社に向かうバスから、この川が別の自然の川を越える面白い光景も見られます。

今市の高瀬川沿いは、ちょっとした観光スポットになっています。
ちなみに写真の左にある長田染工場は明治初期の建物です。

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高瀬川を遡るように歩いていくと、こんな写真館がありました。
ちょっとアンバランスな感じですね。でも洋館へのあこがれは伝わります。旧加藤写真館で、大正12年に建てられた、木造の洋館風建築だそうです。

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斐伊川のそばには大津という昔の宿場町があります。
名前からして川の港だったのでしょう。

大津と今市の間には「大正」という地区があります。文字通りにとれば、大正時代に開発された地区。
古い木造の工場があったので、近くの人に聞いてみると、旧カネボウの建物だそうです。数年前に撤退して、今は産廃業者が入っています。昔は女工さんたちで賑わい、集団でジョギングする姿も見られたとおっしゃっていました。このほか、今市には、大和紡の出雲工場(出雲製織(株))、出雲グンゼ(郡是製糸(株)今市工場)もあり、大正時代の木造工場建築が残っているそうです。江戸時代来の雲州木綿、斐伊川の水、そして労働力の条件が重なって繊維産業が集積したようです。

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これが大津の街並みです。斐伊川側から見た写真。
大津にも本町・中町・元町という地名がありますので、立派な町といえます。
宿場町で本陣の建物も残っています。
もう一本左手の道が旧道なのかもしれません。

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斐伊川の土手です。取水口があり、水路に水が導かれています。
これは高瀬川ではありませんが。

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斐伊川に着きました。河原も含めるとかなりの川幅です。
正面に見える橋は、昭和13年の神立橋。全長417mのゲルバー式鉄筋コンクリート桁橋とのことです。

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2007年5月20日 (日)

出雲大社境内

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出雲旅行の話は、まだ続きがあります。
今回は出雲大社の話。やっと境内に入ります。

参道を登り切ったところに現れるのは、正門鳥居、そして、その背後の神苑です。
いよいよ境内という気分。

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ところが鳥居をくぐると松林の長い下り坂。
こういうパターンは珍しいのではないでしょうか。
たいがいの神社は、拝殿・本殿まで登っていくか、あるいは水平だと思います。
砂丘の地形なのか、神苑を担当した伊東忠太の演出か。(伊東忠太が関わっていたと知ったのは後のことで、知っていればもっと注意深く見たのに)

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本殿一帯はこのように山に囲まれています。
一つの山塊というより、たくさんの小さな山に囲まれているよう。正面も丘になっているわけですから、小さな盆地のようなもの。古代以来の神社の空間は、何か特別な場であることが感じられて好きです。

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神社の北には、2つの池が掘られています。正面の広々とした白砂の空間に対して、鬱蒼とした森です。
この日は平日だったのでとりわけ静か。

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その一画には、森の雰囲気に合った彰古館が建っていました。大正3年(1914年)に建てられています。

近道しようと思えば本殿脇の駐車場から歩けばすぐですが、こういう雰囲気全体を楽しむなら、やはり参道から歩いてきた方がいいのではないでしょうか。

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2007年5月19日 (土)

河内長野の温泉街

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<1990年>

これは1990年の河内長野駅裏の写真です。
河内長野は明治末、高野鉄道(のち南海高野線)の開通とともに極楽寺温泉、長野遊園地など観光地として賑わい、その後も、昭和8年の長野新地、昭和36年の長野温泉復活と度々、温泉街として盛衰を繰り返してきたようです。その後にできた温泉施設もありますが、今はさほどの賑わいはありません。
そんな河内長野の温泉街を歩いてみました。

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上の写真の看板をくぐると川に下る階段があり、青・赤の派手な黄金橋を渡ると温泉街でした。今は新しい住宅が建ち並んでいます。

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<1990年>

1990年にはこのように旅館が並んでいました。

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今もその一部、八重別館は旅館としての営業を続けています。

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階段を登り、奥の道に入ると、このような散歩道が続いています。
今はあまり人が通る道ではありません。
奥に見えるのは温泉を汲み上げるポンプ小屋。

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このような階段がどこかへと上がっています。

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忘れられたような建物も埋もれています。

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温泉自体は今も湧いていて、上の○印が泉源です。
この上が先ほどの散歩道で、左手に八重別館、奥に黄金橋が見えます。

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周辺の位置関係はこのようになっています。
川が合流して流れ、橋がいくつもかかっています。
赤丸はかつての長野温泉の加盟店の位置ですが、括弧書きの旅館は既にありません。

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合流点はこんな感じ。
温泉旅館「楠翠閣」があった場所も今はマンションです。

(追記)
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<昔の絵葉書>
なお、「楠翠閣」以前、ここには「楠館」という旅館がありました。この写真は北東方向から撮られています。中央が楠館で、奥に見える旅館は錦水楼です。
(2010.2.13記)

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ところで、マンションの右の橋の手前にこのような煉瓦構造物があるのに気が付きました。
橋脚のように見えます。人が通るには細いような気もして、もしかしたら温泉の水道管を通していたのではないかなどと思うのですが、確認はできていません。

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使われている煉瓦の多くには刻印があり、はっきりと大阪窯業の煉瓦だと分かります。

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また、全体写真でいうと左手には、南海高野線の高い鉄橋、そして煉瓦の橋脚があります。
南海高野線が三日市町駅まで伸びるのは大正3年なので、こちらはその頃の構造物ではないでしょうか。

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近寄るとちょうどいい具合に、欠落したらしい煉瓦が落ちていました。
薄く十字型の岸和田煉瓦の刻印が入っているように見えます。

すっかり温泉街の印象は薄れた河内長野ですが、周辺を歩き回れば、まだ明治・大正・昭和の温泉街の賑わいの名残が見つけられるかもしれません。


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2007年5月13日 (日)

見覚えのある形(初芝住宅地)

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南海高野線・初芝駅の東側には南海初芝住宅地が延びています。
昭和9〜10年に南海電鉄によって開発された住宅地ですが、大美野の田園都市に比べるとかなり知名度が下がります。
そのあたりをちょっと歩いてみました。

中央の通りですぐに上の洋風住宅が見つかります。

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この軒下の飾り、どこかで見たようなものですね。
堺東西住之江で見た洋風長屋に共通します。
ただし、洋風長屋に感じる過剰感はありません。

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丸窓に鉄の面格子がつくのも同様。
花の模様が入っています。

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こちらの表通りの住宅も、まばらにタイルを貼った門柱に見覚えがあります。
奥の住宅は見にくいですが、丸窓があります。

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初芝には田園都市の影響を受けて、ロータリーがあります。

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ロータリー中央に立つ街灯の柱が古そうでした。
タイル張りに見えます。


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先ほどのロータリーから東に進むと第2ロータリーがあります。
このあたりまで来ると、昭和17・18年頃に分譲されたらしい住宅営団初芝住宅(東初芝住宅)になります。
戦時中なので、小規模な宅地のようです。
平屋建ての簡易な住宅の並ぶ一画があって、それがもともとの住宅なのでしょうか。

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住宅営団初芝住宅の東初芝公園には、警報用にこんな古そうな鉄塔が立っていました。

今回はあまり奥まで入らなかったため、断片的なことしか分かりませんでした。
全体にもう少し詳しく歩いてみたいと思います。
(歩いた日は4月30日)

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2007年5月12日 (土)

木本・本町通り散歩(熊野市)

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熊野市の話のつづきです。
レンタサイクルを4時半に返し、まだ電車の時間までは1時間あまりありましたので、熊野市の中心部・木本の市街を歩きました。観光案内所で教えてもらった昔の中心地は、その名も本町通り。
海岸沿いに走る国道から平行して1本入ったあたりの通りです。辻では国道越しに四角い海が見えました。

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そして反対側には丘があります。波で浸食された奇岩が街なかにそびえています。
なんと印象的な街でしょうか。
鉄道はこの丘の向こうです。

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あまり分かりやすい写真を撮ってなかったのですが、これが本町通りです。
またの名は木本古道通り。熊野古道が通っていたから。

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そんな通りに近代建築もありました。
西衣料品店です。昭和3年に紀新銀行が木本初のコンクリート造りの店舗として建設したもの、だそうです。つまり元銀行。

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正面2階には、格子戸の通りに異彩を放つディオクレティアヌス窓。

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柱の上部に配されているこのデザインは何のモチーフなんでしょう。

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そして、いつも撮っている床下換気口のグリル。
しゃれてます。

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こちらは新しいものですが、加田捨鉄砲火薬店の看板。
ユニークな看板でしょう。
野生動物の多い熊野らしいお店です。
でも昔は呉服店だったそうです。昭和30年頃に廃業し、昭和36年頃に火薬業を開業。

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もう1軒近代建築がありました。
総合雑貨・消防用品の丸田商店。
でももとは明治39年に建てられた木本町役場だそうです。

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2階部分はその頃のもので、2階内部も残っているという話です。

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こちらは林業家の旧奧川邸。
びしっと組まれた亀甲積み(六角形)の石垣が見事です。
林業をやっていただけあって、建物も立派なもの。

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庭もこんな風に重みのある庭です。
背景の石垣が苔むして独特の雰囲気を醸しています。
今は紀南ツアーデザインセンターが運営するビジターセンター(兼事務所)になっていますので、自由に入れます。古い町家をビジターセンターにするのはよくあることですが、それにしてもぜいたく。

毎朝、釜炒りするというおいしい番茶もいただけます。

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歴史的な街を紹介したあとにこんなお店も紹介しておきましょう。
片岡シェーク店というお店で、シェーク、ラーメン、ハンバーガーという高校生に最適化されたようなメニュー。それもそのはず、近くにこの地域唯一の高校、木本高校があります。
きっと高校生の思い出の店だったりするんでしょうね。
抹茶シェーク180円をいただきました。

最後、時間がなくなって駅まで走ったのでこれ以上紹介できませんが、細い路地など、散歩して面白い街です。

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2007年5月11日 (金)

オープンガーデンがいっぱい(熊野市)

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新宮ではなくて、熊野に行った目的は「オープンガーデン熊野2007」の見学でした。
三重県熊野市が進めている花いっぱい運動の一環で、今年で7年目です。(でも私は初めて)
29ヶ所の庭が4月1日から5月13日まで公開されるという、大がかりなものです。

熊野市駅前の観光案内所にレンタサイクルがあるので、それで回りました。

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オープンになっている庭はガイドブックで分かります。
目印にこんな看板が出ています。
山に波は熊野市の市章。明るく力強いデザインです。

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ゴールデンウィーク中なのでお客さんもちょくちょく訪れます。
ここの方は特に熱心で、仲間で自主的に大阪まで講習を受けに行ったりされるそうです。

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日本庭園に洋風の花が混ざるのが熊野流。
元々、日本の庭は男の領域ですよね。そこに奥さんが鉢やプランターを並べ始めて、和洋折衷になるという様子があちこちで見られました。日本庭園は押され気味です。

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来た人はスタンプを備え付けのシートとガイドブックに押します。
シートには日付とどこから来たという情報を書き添えます。
「あら、大阪から来たんですか?」という会話が楽しみなのでしょう。
いい記念になります。これは今年からの試み。
ちなみに中段に入っているのがガイドブックです。

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こういうのもあります。
ガードレールの下に延々200メートル。
ホースを使って自動散水できるようになっていました。

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手前はオープンガーデンですが、奥は違います。
オープンにしているところ以外にも、何倍もの家が積極的に花を並べています。
通行人の目を意識していますが、「たいしたものじゃないから恥ずかしい」と謙遜してオープンにされない方もおられると聞きました。

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ここは金山地区といって、けっこうきつい坂を上り、トンネルをくぐった向こうにあります。
こちらの方は毎年キャラクター花壇を作られるそうです。
今年はトトロ。もう花も終わりなので、崩れているとのこと。
左手にある東屋は、わざわざつくってもらったのだとか

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同じ家の庭。かなり広いです。
女性の方が、退職後に始められたそうで、道端の植栽から始まって、畑をしていたところも庭にしてしまったそうです。だんだん面積が増えていくという話もあちこちで聞きました。
オープンガーデンは、人口の少ないこの地域で、観光という意味だけではなくて、そこに暮らす人に、人が訪ねてくる楽しみとやりがいをもたらしてくれているようです。

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こちらの庭は車庫の壁面を活用。
市の主催する園芸講座(月1回×10回)を受講して始めたそうです。

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こちらは上の写真と同じ地区。
元々、このような見事な高野槙の生垣がつづく地区です。
高すぎないのがいいです。

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こちらはこの道何十年のベテランの方。
オープンガーデンは勧誘されて始めたそうです。

出遅れたこともあって、回ったお庭は7ヶ所。
どの庭を回っても世話する方がいらっしゃって、お話を伺うことが出来ました。
南国で雨量の多い熊野市では、雑草の育ちもいいので、草ひきが大変とはおっしゃいますが、美しい花を眺められることや、いろいろな人が訪ねてくることで、それ以上の大きな楽しみをもたらしているようでした。


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2007年5月 9日 (水)

寄らされて新宮、西村伊作邸

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寄り道はいつものことですが、今回は寄らされ道。
7分遅れで熊野市に着いた特急のドアが私の目の前で閉まってしまったのです。
何てこと・・・
そのまま新宮まで連れて行かれてしまいました。
おまけに戻る列車は1時間後。
怒っててもどうしようもないので、ここは街あるきです。
観光案内所で地図をもらい、商店街をたどって歩き始めました。

少し歩いたところで、目に入ったのがこの界隈。
まず、塀の石積が目をひきました。
近づいてみると、そこは西村記念館(西村伊作自邸)でした。

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玄関に上がる同心円の石段が異国の雰囲気。
西村伊作自邸は、大正3年(1914年)に建てられています。
『日本の洋館 第三巻 大正篇Ⅰ』に載っているぐらい有名な住宅らしい。

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この居間(手前)を中心にした家族主体の間取りが画期的なのだそうです。
奥は食堂。

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この部分はイングルヌックと呼ばれるそうです。
電車のコンパートメントみたいというのが私の第一印象。
普通は大邸宅に付けるものだとか。
暖炉の代わりにストーブを置いてます。

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居間からは南国らしい緑濃い庭が眺められます。

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2階の階段回り。細い手すりです。

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広々とした2階の寝室にはベランダ、その向こうに緑が広がっています。
ロッキングチェアが気持ちよさそう。

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2階には和室もあります。

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庭側から見た外観です。赤と白のコントラストが鮮やか。
手前に張り出した部分が食堂のベイウィンドウ(出窓)です。

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勝手口に降りる階段は逆の同心円階段です。
赤い扉がヨーロッパを思わせます。
向こうに見える白い建物も古そう。

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このカーブ、散歩したくなる道です。
向こうに見えるのは、これも西村伊作による旧宣教師チャップマン邸。
1926年に建てられています。

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さらに近づいてみます。
こちらは公開されていないので、外から眺めるだけです。

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お向かいの建物もちょっと独特です。
大島虎之助設計による岡邸というのがこれにあたるのでしょうか。

この一体は伊佐田という地区で、とても趣きある一角でした。
全く予定していなかった新宮でしたが、満足いく寄り道になりました。
新宮は熊野大社、汽船、木材、漁業などかつての街の構成要素の多い、面白そうな街なので、次は目的地として再訪したいと思います。


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2007年5月 6日 (日)

ニュータウンのオープンガーデン

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5月3日、木津川市のとあるお家で行われたオープンガーデンに出かけてきました。
オープンガーデンというのは、個人のお庭を期間を決めて公開するものです。
こちらのお宅の場合は2日間。
イギリスなどヨーロッパで盛んで、イエローブックというオープンガーデンの公開情報が載った本が出され、チャリティーで実施されることが多いと聞いています。

今回訪問した場所は、駅前に大きなイオンショッピングセンターができたばかりのニュータウン内です。

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お庭にこんな木陰ができています。
吹き抜ける風は涼しく、とても快適。
10年がかりで育ててきたというお庭は、植物の高低、花の色合い、煉瓦や枕木、石や水を張った鉢といった小道具など至る所に工夫が凝らされて、心地よく、見どころがとても多い庭になっています。

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庭仕事の道具も演出の一部です。

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面白いのは、陶器や金属などのカエルを集めて、庭にちりばめておられること。
楽しい仕掛けになっています。

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そして、来場者には紅茶と手作りケーキがふるまわれます。
イギリスの場合、看板にteaと書かれていたら紅茶のみ(クッキーぐらいはあり)、teasならケーキがつくとのこと。
そこもイギリス流を取り入れていました。

水やり、草ひき、剪定、土づくり、施肥・・・
継続して手間暇をかけないといけない庭仕事は私にはとてもできません。
そんな者でも、お庭を楽しませてもらえて、お庭のオーナーには張り合いになる。
オープンガーデンというのは、いい仕組みだなと思います。

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2007年5月 2日 (水)

出雲大社門前の楽しみ

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出雲大社門前にもいろいろと楽しめるものがあります。
ここは正門鳥居の前。雲太という、古代出雲大社の模型展示館です。雲太は、平安時代の雲太(出雲大社)、和二(東大寺大仏殿)、京三(平安京大極殿)という当時の三大建築物を示す言葉から取られているそうです。つまり出雲大社が一番大きかったということのようです。

でもこの建物の方が気になる方もおられるでしょう。(私もです)
もともとは土産物店の大社物産館。
大正5年(1916年)の看板建築だそうです。

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この向かいには、おそば屋さんがありました。
砂丘か防風林の丘を利用しているのか道路面が高く、両側は崖のようになっています。建物からは庭や家並みが見下ろせていい眺めです。ここで出雲そばを食べたついでに、メニューにあった「ぼてぼて茶」を頼んでみました。

茶碗に入っているのは、乾燥した茶の花を湯で抽出し、茶筅で泡立てたもの。右の小皿に入っているもの(塩昆布、たくあん、黒豆)を、お茶に混ぜていただきます。
茶の花は苦く、ちょっとおいしいとは言い難いのですが、何か必然性があったのでしょう。
奥にある干菓子と金平糖は口直しです。

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そしてもう一つの楽しみ。
今年できたばかりの島根県立古代出雲歴史博物館です。
博物館からみる広々とした庭は、山からの風が吹いていることと合わせて爽やかです。
よくこんな土地が確保できたものだと思います。

古代出雲を銘打っていますが、もとは松江にあった県立博物館ですので、近代までの展示物が揃っています。
出版物の類もいろいろと置いてあり、「島根県の近代化遺産」はここで入手しました。
時間があれば寄るといい施設だと思います。

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