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2007年2月

2007年2月27日 (火)

堺の洋風住宅

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堺の街中を歩いていて、このような洋風住宅を見かけました。
残念ながら、今は空き家になっているようです。
そんなに大きくないんですけど、門の構えなどに誇らしげな雰囲気を感じます。
屋根にはテラスが。登れるのでしょうか。
私道をはさんで小さな前庭付きの古い住宅が並んでいますが、この家だけが洋風で、後は和風の住宅です。

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※小さい写真ばかりだったので、門のあたりの写真を追加しました。

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クローバーにイニシャルを組み合わせたらしい、門の装飾。

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裏から見るとこんな感じ。
側面には亀甲状の板と下見板が貼ってあります。

場所は旧堺市街の堀のわずかに外側(東側)です。
ここも近代に開発された地域なのでしょうか。

(追記)ひろさんの記事によると、この建物は取り壊されてしまったそうです。(2008.4.26)

(追記)「大阪府の近代化遺産」リストNo.4103(p371)の、大正10年(1921年)の平井家住宅かもしれません。(2009.4.27)

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2007年2月26日 (月)

本町幻想空間

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本町の御堂筋東側にある又一ビル。
壁面の一部に旧大谷仏教会館(昭和8年)の一部が保存されています。
こういう壁面の保存は、イメージを呼び起こすピースにする意図があると思います。他の面を鏡面にしてあることで、新しいビルの存在感が消えて、いっそう昔のイメージがしやすいはずなのですが、どうも夕方に眺めると壁面が「一部」であることもあって、昔でも今でもない幻想空間に入ってしまっているように見えます。

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ついでに北を向くと、風に舞うイチョウ。
こちらも少し幻想空間。
この季節、この時間帯は四角いオフィス街を離れたように感じられます。

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2007年2月25日 (日)

そば粉工場の門の来歴

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天下茶屋の駅から西を見ると、信濃屋そば製粉という、とても目立つそば粉工場があります。
たまたま、この会社のホームページに行き当たったのですが、気になる記述があったので見に行って見ました。

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上の写真とは逆の側、会社の正門です。
インパクトのある石臼の列も、洋館風の事務所も今回は横に置いて、この門柱、実は新町橋の柱だというのです。新町橋というのは、西横堀川の四ツ橋の北側にかかっていた橋で、江戸時代は新町遊郭の東の出入り口として賑わい、最後は昭和2年に架けられた鉄筋コンクリート造のアーチ橋が昭和46年頃の西横堀川埋め立てで消滅したそうです。
このそば粉工場は、その橋の柱を大阪市から払い下げ受けたそうです。

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新町橋がかかっていた場所にも、このように記念碑として橋の一部が残されています。

現地でないということを除けば、記念碑よりも、門としての再利用の方が面白く思います。
橋は多くの人を迎え入れるものですから、招き猫より御利益があるかもしれません。

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2007年2月24日 (土)

河内長野の抜け道

河内長野の旧市街地は起伏があってごちゃごちゃしているので、ちょっと裏手に入ると楽しい道があります。
この裏道などもそう。どうやってできたのか分かりませんが、両側が深い溝なので(むしろ溝を埋めて道にした?)、ちょっと緊張感をもって歩くことになります。避けるところがありませんし、自転車ですれ違うときは、かなりどきどきするはず。道もいろいろあった方が楽しい。

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2007年2月19日 (月)

天性の色感

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経緯は端折りますが、河内長野のギャラリー・ほたるで遠藤秀之さんの「光の影の世界」という絵画展を見ました。
ギャラリー・ほたるについてのご紹介は改めて。
河内長野の酒蔵(天野酒)のある通りで、様々な活動をされています。
上の写真でいうと、右側です。

「すごいよ」と聞いて、立ち寄った遠藤さんの作品。
上の写真で手に持っているものがその絵はがきです。本物はもっとすごい。
写真のような表現をするスーパーリアリズム絵画というのがあって、ふつうはエアブラシや油彩で描かれると思うのですが、これはなんと水彩です。(油彩作品もありますが)
12色絵の具のみだとか、普通の筆を使って髪の毛まで描くというのでさらに驚き。

リアルに描くことが全てではないにしても、すごい技術です。その迷いない色の置き方は天性の色感でしかありえないのではなかろうかと思えました。(努力で身につけたものかどうかは確認していません)
紙なのに木漏れ日がまぶしいんです。

泉佐野在住の方で、これからもあちこちで絵画展を開かれるとのことですので、近くで見る機会がありましたらぜひ。

今回の絵画展は28日(水)まで。月曜休み。
カフェギャラリーほたる
河内長野市長野町9-13 南海高野線河内長野駅徒歩3分

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2007年2月18日 (日)

建物にも金継ぎを

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陶磁器の伝統的な修理技術に「金継ぎ」というのがあります。
割れた陶磁器を漆でつなぎ、その部分を金粉で飾ることで、傷をかえって味わいのある模様として愛でるものです。

街中では、タイルが割れた部分に、同じタイルがなくて、似たようなタイルを貼って直している壁を見かけます(例えば上の写真)。それを金継ぎの考えで直す、また愛でると、街が味わいぶかくなる気がします。

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2007年2月13日 (火)

細やかなディテール

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堺筋あたりを歩いていて、通りがかったビルです。
特繊会館という名前で、場所は久太郎町1丁目(堺筋本町)。
特繊というのは、特殊繊維でしょうか。垂直線が強調されたデザインです。
(ちょっと電線が多すぎますね)

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なかなか凝っていて、入り口を囲む枠には縁取りがありますが、同じように柱の根本も刻まれています。

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さて内部はというと、腰までのクリーム色のタイルが柔らかい雰囲気を醸しています。

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階段も直線主体なのに柔らか。

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(拡大写真)
この雰囲気はなぜだろうと思ってよく見ると、柱の角を面取りしてありました。

近代建築をみていてよく思うのは、その場に立ったときにしっくりくるディテールになっていること。
戦後の建築もそのあたりが気になるようになりました。
この特繊会館、いつ頃なんでしょうね。

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2007年2月12日 (月)

ひらパーの2日間

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もう2ヵ月以上も前の話になるのですが、思い出深い2日間だったので書き留めておきたいと思います。

ひらかたパークは1912年(大正元年)に開業した遊園地です。同じ年に開業した新世界のルナパークは11年の歴史で既にノスタルジーの彼方なのに、こちらはいまだに現役。すばらしいことです。

1910年(明治43年)に京阪電車が天満橋〜五条間の営業を開始したとき、香里園の香里遊園地で始まった菊人形展をルーツとするそうです。ニューヨークのコニーアイランドに第2の遊園地・(本家)ルナ・パークが開業したのは1903年。遊園地の競争が始まるのですが、10年たたないうちに関西でも香櫨遊園地(1907年)、玉手山遊園地(1908年)、宝塚ファミリーランドの前身の宝塚新温泉パラダイス(1911年)などが続々と生まれています。

しかし、それから100年。何度かのブームで開園した遊園地も次々に閉園し、残るものはわずかとなりました。子どものときに連れて行ってもらった遊園地が、自分が子どもを連れて行くときにも残っているのはとても意味のあることだと思います。
集客の目玉だった、ひらかた大菊人形は職人の高齢化のため2005年(平成17年)に幕を閉じ、昨秋、ひらかたパークは、初めて菊人形のない秋を過ごしました。ひらかたパークの今後が気がかりなところです。

・・・といいながら、私にとっては初めてのひらかたパークだったんです。

始まりは1本の電話でした。中国の知人から、10月、唐突に電話がかかってきたのです。
聞き取りに苦労しながら、どうやら知人の姉の子どもが雑技団に入っていて、大阪の「メイファン公園」で公演をしているので、訪ねてほしいという用件だと分かりました。「メイファン公園」が「ひらかたパーク」だと気づくのにはさらにしばらくかかりました。

中国の知人の縁がひらかたパークにつながるなんて。
さっそくひらかたパークのホームページを確認すると、たしかに少年少女雑技団の公演があります。
期間は11月23日(祝)まで。仕事の関係でなかなか訪ねることはできず、ようやく11月19日にひらかたパークを訪ねることができました。

しかし! 非情の雨天中止です。
といってこのまま帰るのもあまりに残念なのでお願いしてみたところ、宿舎に案内してくれました。

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彼らは会期中、遊園地の一角に寝泊まりしています。
そこで初めて彼に会うことができました。彼は劉くん15歳(中国だから数えかな)。8歳から安徽省蒙城県の親元を離れ、200km離れた省都・合肥にある安徽省雑技団の下部組織に入っています。少年雑技団は先生15人に学生60人。3人1部屋の共同生活です。朝6時に起きて22時に眠るまで、みっちり練習(勉強も)があります。入団の年齢はバラバラですが、7年間の訓練と決まっているとのこと。つまり劉くんは最終年です。一つ言っておかないといけないのは、家が貧しい子が雑技団に入るわけではありません。日本で子どもにスケートを習わせるような感覚で習わせる人もいるようです。スカウトされて参加する子もいます。

安徽省雑技団は馬鞍山などで年に10数回の公演を行い、年に1〜2回、ヨーロッパや韓国などに海外公演するそうです。

今回は劉くんにとっても先生にとっても初めての日本。
9月27日に来阪し、11月25日に帰国するまで、ひらかたパークでおよそ2ヵ月の公演です。
安徽省雑技団からは、先生2人、少年団員6人が来日。今回は上海馬戯学校の女の子7人との連合チームです。それだけでなくて、上海からは通訳さん、同時開催の中国物産展関係者も含めての大所帯で来日しています。

この日はいろいろお話を伺って、家に戻りました。

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次の機会は11月23日(祝)。
公演最終日で、まさに最後のチャンスでした。
お天気はいつ雨が降ってもおかしくないベタ曇り。

公演は平日は2回、休日は11時、13時、15時の3回公演。
この日は祝日なので3回公演です。
11時の公演は無事に始まりました!
最後の公演日とあって、これが終われば帰れるという安堵が入り交じっている様子。
でも怪我だけはしないで。

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彼らの最初の演目は“爬桿(パーガン)”<棒のぼり>。
登って、飛び移って、回転。頭を下に急降下しながら地面すれすれでブレーキ、などなど。ハラハラする演技です。
最後に全員で決めのポーズ。

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女の子の最初の演目は中国独楽(こま)。空中に放り投げて交換したり、回転しながらキャッチなど、新体操のような演技です。

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グラスを載せて、シーソーの上に乗るというバランス演技。究極の、と表現したいところ。
彼女は最年長20歳です。

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最後に全員で組みの演技、そして縄跳び。

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公演が終わったらみんなで片づけです。
通訳さんも一緒。

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片づけが終われば昼食。私も呼ばれました。
シーズンオフで営業していないプールの食堂が中華食堂に。
食堂のスタッフも中国から帯同しています。
この日のメニューは、鶏とじゃがいものソテー、野菜炒め、そしてスープでした。
おいしかったですよ。
片隅では中国のビデオが流れていました。

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小さいのに少食で大丈夫かいな。
たくさん食べる人はたくさん食べています。
演技中と違ってくつろいだ様子。

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食後は宿舎でひと休み。
彼らの間ではNARUTOがブームだそうです。
漫画の絵を描いたり、模型飛行機を作ったり、そのあたりは中学生らしい。
でも昼休みは短く、腰掛けたと思ったらもう次の公演時間。

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2回目の公演。13時。
今度の彼らの演目は“地圏(ディーチュエン)”<輪くぐり>です。積み重ねた輪をジャンプしてくぐり、回転して着地します。床演技の一種といったところ。最終的にはこんな高い輪をくぐるんですよ。

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2回目の公演が終わると、彼らのお世話係をしているひらパーのスタッフが、園内のボウケンジャー・ショーに連れて行ってくれました。
楽屋でボウケンジャーと記念撮影のサービス。
でも彼らは「(仮面ライダー)カブト」のショーを見るんだと言ってましたから、ボウケンジャーはもしかして知らないかも。ショーの観客の多くは幼稚園〜小学校低学年ぐらいかと思いますから、彼らの目にはどう映ったのでしょう。私から見ると彼らの演技の方がキレがあるけどなあ。

ともあれ、毎日ではないけれど、こうやって空き時間には園内を案内してくれたりもするようです。ときには彼らとふざけてみたり、ひらパーの対応にはビジネスライクでない暖かみが感じられました。

休園日の火曜日には、京都や大阪などあちこち連れて行ってもらえるようです。気に入ったところを聞いてみると「USJ」。やっぱり。

そうこうするうちに次の公演が近づき、ショーの途中で退出します。

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いよいよ最終公演。15時。
少女が吊り下げられた2本の布を身体に巻いて、くるくると舞います。

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こちらは別の少女のバランス演技。手足と口にグラスを載せたまま、身体を回転させるというものです。人間離れしています。

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そして彼らの最終演目は再び“地圏”。
無事にすばらしい演技を終えました。

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終了後はコーチの先生にひらかたパークからの花束贈呈。

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その後は団員、スタッフ、観客まで入って延々と記念撮影。
2ヵ月にわたる公演を終えた喜びにあふれ、またひらかたパークや通訳さんとの別れを惜しむ彼らに、一日だけ来てちゃっかり乗るのはずるい気がして、もっぱら撮影係に徹しました。
この2ヵ月はいい思い出になったかな。

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通訳さんが「天に感謝する」と言っていました。
ほんとにそう。今にも崩れそうだった天気は、最後まで持ちこたえてくれました。
やはり誰もが最後まで演技をして帰りたいはず。

劉くんは、雑技団とプロ契約を結び、今年からはプロの雑技団員としての道を進むそうです。
再びひらかたパークで公演することはないでしょうが、将来、日本公演に来たときに、ひらかたパークを訪ねてもらえたらと思います。
そのためにも、ひらかたパークにはまだまだ歴史を重ねてほしいと希望します。

かなりの長文を読んでいただいた皆さん、ありがとうございました。

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2007年2月11日 (日)

特別な普通

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会社の近くのパン屋さん。ムッシュ・シゲ。
いつもは手前(内平野町)にあるルフィアージュというお店で足が止まってしまうんですが、思い立ってほんの少し足を伸ばしました。

最初に通りがかったときは普通の小さなパン工場。
次に通りがかったときはフランスパンを小売り。
そして今度は、予感的中、ずいぶん種類が増えていました。

腕がたくましくて言葉数少ないパン職人、かわいらしい奥さんという絵に描いたようなパン屋さん。
お店・・・というより作業場ですね。天井まで届きそうなオーブンにはさまれてパンをこねている隣、奥からコロコロとカートを押してきた奥さんが、「これは○○で、これは○○」と丁寧に説明してくれます。

雰囲気でつい買いすぎてしまいました。
それを奥さんが食べやすい大きさに切ってくれます。ハードのパンはオーブンに放り込んでぱりっと暖め直してくれます。とっても特別。

でもいろいろ演出を考えるパン屋さんに比べて、ここは普通の作業場なわけで、それを喜んでる自分にちょっとあまのじゃくやなあと思ったりもします。

あ、どちらもおいしいと思います、念のため。

※追記:その後、ムッシュ・シゲさんは小売を中止されています(2007.12.5記)

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2007年2月 4日 (日)

「手にとる写真展」

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長堀橋のギャラリー・アビィで、「手にとる写真展」というのを見てきました。企画グループ展です。

普通の写真展のようにパネルに貼るのではなく、棚と椅子が用意されていて、そこに積んである写真プリント(やスライド)を手にとって見る趣向です。この頃はデジカメデータをパソコンで管理するばかりなので、裏に撮影日や撮影場所を書き込んだ写真、コメントを書き込んだ写真には懐かしさを感じました。○○を探せ、という趣向の人もいます。企画を立てたオーナーの吹雪さんはさすがで、ギャラリーを工事したときの写真(ここはこうなっているのかという発見)、光が透けている風景のスライド写真(虫眼鏡片手に透かしてみる)という手に取る設定を活かした作品を出されていました。

ギャラリー・アビィは、誰でも暖かく迎えてくださる吹雪さんの人柄、企画の面白さ、それと会社に近いということで、休日出勤のときなどちょくちょく寄り道しています。

面白いのは企画グループ展で、「空の写真」、「トイカメラの写真」(吹雪さんはこの分野で有名)、「廃墟」、「街の気になるもの」、「携帯写真」などなどお題が示されて、数千円で誰でも出展できるようなシステム。ほんの初心者でも受け入れてもらいやすそうで、写真の間口と可能性を広げておられるように思います。小さなギャラリーですが、その存在意義は大きいと思います。

++ギャラリーアビィのHP
  

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