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2006年9月 6日 (水)

出島復元中

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もう少し長崎。今回は出島です。
何が何やらな写真ですが、手前にあるのが出島の模型、その向こうは明治10年の旧出島神学校(左)と明治36年の旧長崎内外クラブ(右)、さらに向こうは出島の外にある現代の建物です。
そんな混沌とした出島では復元計画が進行中でした。

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これが復元された西側の一角です。
通りをはさんで、左に一番船船頭部屋、一番蔵、二番蔵、三番蔵とならび、右にヘトル部屋、カピタン部屋とならんでいます。意外と和風なんですね。青いベランダを除いて。
平成8年度から19世紀初めの建造物25棟の復元計画が進められていて、10棟が完成しているそうです。

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部屋の中も復元してあります。
こちらは一番船船頭部屋の2階。オランダ船(一番船)船長や商館員の居宅だったそうです。これも意外と和風でちょっと違和感。

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こちらはカピタン部屋の2階。もう少し、家具の入った食堂や居間があるのですが、その写真を撮っていません。
何でしょう、この感覚は。

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出島では建物の復元だけでなく、四方に水面を確保する長期計画まであるそうです。時期は示されていません。既に市街化しているので大変なこととは思います。
例えば、この道路。出島の境で舗装を塗り分けています。左が出島で、右は海。ここは海に戻すわけです。

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出島と長崎の街をつないでいた橋の跡。向かいが長崎の街です。当時はこんなに距離はなくて、この半分の距離まで出島があったそうです。ここは埋めます。

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明治期の洋館が建っていることで分かるように、復元といってもどの時点に復元するかというのは難しいことですね。もちろん、明治期の洋館はそのまま生かします。でも出島の南側のこういう建物は? ここは道幅半分ぐらい、堀にすればOKか。でも線にかかってたらあっさり除かれそうです。

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コメント

この、出島の境界で舗装の色を分けてあるというのは
いいですね。たとえ水面に戻さなくても、ちゃんと位置が
出ているから、想像力を働かせさえすればいつでも
元に戻るのですから。
私はどちらかというと、こういうさりげない方法が
好きですね。
ま、観光資源として積極利用するには地味すぎますが。

投稿: ぷにょ | 2006年9月 7日 (木) 00:25

昔をしのぶ手がかりとして、表示板を立てることはよくありますが、道路拡幅をしたときに元の道幅を塗り分けるとか、公園に昔の建物の跡を線で引くとか、街に補助線を引くやり方をもっと活用してもらえないかなと思っています。いろんなことが想像できますよね。
ただ、埋めた水面を戻したり、道路を撤去することはあまり例がないので、長崎には、「そういう選択肢もある」という実例を示してもらいたい気持ちもあります。

投稿: びんみん | 2006年9月 7日 (木) 01:25

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