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2006年9月10日 (日)

遊歩道から見る・和歌山編

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石の話が出たついでに、4月に出かけた和歌山の話を引っ張り出します。

ここは和歌山市の市堀川。和歌山城の外堀のように流れる川です。この川の両側に、比較的長い遊歩道が整備されています。このようにベンチを出している店もあります。
・・・が、誰も歩いていません。もったいない。

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寂しいなと思っていたら、白い風船が流れてきました。
誰もいない川に白い風船。誰かのインスタレーション作品のようです。

・・・感心するのも一瞬で終わるので、私なりに遊歩道を楽しんできました。

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遊歩道から見えるものその1。石垣。
ここの遊歩道は、元々の河岸にテラスを付けたような形になっていますので、石垣を間近に見ることができます。これは紀州青石でしょう。名前の通りの青い石で、圧力を受けてぺしゃんこになった変成岩(緑色片岩)ですから、筋状の模様が入っています。和歌山は中央構造線が通っていますので、こういう石が採れます。

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石にもう1種類あって、こちらは和泉砂岩でしょう。
こちらの方が比較的弱そう。
和歌山市の北の和泉山脈で採れます。

石垣ではこの2種類の石が目立っていました。

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実は、和歌山城の石垣も全く同じです。
これが紀州青石の石垣。

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こちらが和泉砂岩の石垣。その後、補修したところには花崗岩がはまっていたり。
おおよそ和泉砂岩が外側、紀州青石が内側の石垣(本丸など)に積まれていました。
石の構成が全く同じというのが面白く思います。

階段に青石と砂岩を組み合わせているものがあって、色合いがとてもきれいでした。
さて、石はそれぐらいにします。

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遊歩道から見えるものその2。橋。
市堀川には古い橋が架かっています。これは中橋。鋼ワーレントラス橋というそうです。なんとイギリス製で、設計者はパウナルという人。明治23〜32年に製造され、昭和28年にこの場所に転用されたそうです。(以上、『日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2800選』より)

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歩道もセットで付いています。

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遊歩道があるので見えるのは橋の裏側。
こんな風になっています。

冒頭にあげた写真のように、遊歩道を取り込んでいる店もありますが、まだ少数。まだまだ裏側感が強いようです。私のあげた楽しみ方はマニアックに走っていますので、もう少し普通に遊歩道を歩く楽しみが増えてくれたらと思います。

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日常旅行(和歌山)」カテゴリの記事

コメント

>>設計者はパウナル
??英国 金失 道 技師のポーナル??の事??
転用ということで、これは元 金失 道橋ですね

金失動橋は耐荷重が大きいので、道路橋に転用
されたものが発見されることが多いです。

大阪の浜中津橋(道路橋)に転用された橋が
「発見」されたときは、オドロキで、
金失っちゃん達は『高松塚級の発見!』と
この発見を讃えました。

おそらくこの橋のどこかに鋳造プレートが
付けられているはずなので、チャンスがあったら
調べてみてください。ひょっとすると
【鐵道院】のプレートが見つかるかも……

--
こういう分野の人たちを「金失道考古学」
と言い、産業考古学の一種です。
金失っちゃんの中でも変わり種…(汗

関西には、良好に残されている金失道遺構
(へたするとまだ現役)が多いですね。
西宮の ねじりまんぽ(トンネル)とか
和田岬の旋回橋とか……

投稿: 虹のパパ黒山羊 | 2006年9月10日 (日) 08:13

黒山羊さん、こんばんは。
転用ってそういう意味なんですね。
そうこられるとは思っていませんでした。
和歌山には行く機会が少ないですけど、また機会があれば、鋳造プレート確認します。

ねじりまんぽって変わった名前ですね。

投稿: びんみん | 2006年9月11日 (月) 00:52

明治の時代 巨大構造物の必要性はまず金失道から始まったので、
金失道には遺構(へたすると現役)が多いのでした。

金失道構造物でも種類があって、レール・金失構造物・
レンガ構造物あたりが黎明期の遺構として興味を引くところです。

--
ポーナルのワーレントラス橋は、現存するものが少ないのですが、
先に上げた浜中津道路橋などは、阪神開通時の
「日本最初の金失橋」なので、それが現存していることに
皆おどろいたのでありました。

ちなみに びんみんさんの発見した和歌山の橋も
非常に浜中津橋に雰囲気が似ているので、もしや と
思ったわけです。

--
ねじりまんぽ は、レンガ構造物とトンネル技術の中間で、
まだコンクリート技術がなかった時代にトンネルの内側を
アーチ構造で突っ張りながらレンガで仕上げたのですが、
トンネルが「斜めに」なっている場合、アーチ構造の
突っ張る力が逃げる部分が出来てしまうための
対応策です。
「ねじり」は ねじられた、「まんぽ」は諸説有りますが、
どうも地下水路を表す関西方言のようです。
谷崎潤一郎「細雪」にも登場します。
(阪神西宮駅北側のJR線をくぐる歩道が
 「細雪」に出てきた 平松まんぽ 
 じつはかつてこの近くに住んでいました)

現存する ねじりまんぽ はJRの山崎=長岡京で
見ることが出来ます。(この近くにも住んだことがある)
あと、琵琶湖疎水のインクラインにもあるそうです。

---
以上「金失道構造物探見」小野田滋 JTB出版

ちなみにこの分野はあくまで「産業遺構研究」の一部で、
けっして金失っちゃんではありません。


投稿: 虹のパパ黒山羊 | 2006年9月11日 (月) 22:00

なるほど、それで金失道遺構には古いものが多いのですね。

ポーナルの綴りはPownallとのことですので、十分、パウナルとも読めますね。
製作年代もパウナルの滞日時期と重なるようです。
問題は「どこから持ってきたのか?」ですね。
元々和歌山だったとは限らないので。

あの橋、私は発見したわけではないですよ。
『日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2800選』に載ってますので。

--
ねじりまんぽの解説ありがとうございました。
『細雪』は読んだことがあるのに、その記述は記憶にありません。

--
>ちなみにこの分野はあくまで「産業遺構研究」の
>一部で、けっして金失っちゃんではありません。


了解しました。小野田さんは金失っちゃんではないのですね。

投稿: びんみん | 2006年9月11日 (月) 22:42

へえ~、西宮にねじりまんぼがあるって知りませんでした。
私は京都のインクライン近くのは見ましたが。
和田岬には旋回橋もあるのですか!
和田岬へはずっと行こうと思いながらまだ行けてませんが
見にいくものが増えました。

横から首をつっこんでしまいましたね・・・失礼。>黒山羊さん

ところで私、緑色の石特に好きです。

投稿: ぷにょ | 2006年9月12日 (火) 01:34

ぷにょさん、どうぞご遠慮なく。
(私が言うのもおかしいか)
緑色の石、いいでしょう?
『石の街並みと地域デザイン』という本で知ったのですが、伊勢の夫婦岩がこの石の仲間だそうです。先日、確認してきたら確かにそうでした。

投稿: びんみん | 2006年9月12日 (火) 02:45

ぷにょさん いらっしゃぁい (^o^)/

ちなみに↓が浜中津橋です。
>>http://www.osakacity.or.jp/kikaku/gallery/bridge/bridge/b0_hamanakatsubashi.htm
雰囲気が似ているでしょう。特に縫い合わせがジグザグで
(バッテンのものもあり)そっくりに思えます。
ひょっとして、元々は全部で39連有ったはずなので
浜中津橋の分かれた分身なのかも!?しれません。

--
すいません、西宮の平松まんぽはねじってません。
実はあの近くに住んでいたことがあって、
毎日あのまんぽをくぐっていました。
細雪に出てくるというのは後から知ったのでした。

--
あと、和田岬旋回橋ですが、兵庫運河を渡る所に現存します。
貴重なのはそのレンガ積みの橋脚の方です。

ここも一時期通勤で毎日乗っていましたし、
終列車(当時は電車じゃなかったのです)が
行った後には、線路の上を歩いて兵庫まで行ったとか
その時にこの運河も渡っていました。
>>http://hp1.cyberstation.ne.jp/hamrail/wadamisaki.htm

↑どうもこういうHPは 金失 分 が シ農 い ので
あまり好みではないです。(^o^;

あ、小野田滋さんも、きっと 金失っちゃんでは
無いと思います。(-_-;

投稿: 虹のパパ黒山羊 | 2006年9月12日 (火) 12:38

黒山羊さん、どうもです。
浜中津橋とそ~っくりじゃないですか!
これは分身ですよ、確実に。
39連というのも、両側と中央部があったんですよね?
部材としては39×3=108連あったのでしょうか。

私は結構鉄分濃いのもOKです。
和田岬線の座席なしの旧型車両乗りたかったです。

投稿: ぷにょ | 2006年9月13日 (水) 01:50

ちょっと補足です。
中橋のデータ出典は、歴史的鋼橋調査小委員会・編(1996)『歴史的鋼橋集覧第一集』、土木学会発行、T3-019・20 だそうです。
似てるんですが、ちょっと時代が下るような気も。

投稿: びんみん | 2006年9月13日 (水) 01:57

ポ-ナルの帰国が明治29年(1896)と
ありますから、設計作品としては終期のものかも…

ポーナルの帰国後、時代はアメリカ系技師の
設計になったそうです。

どうもねぇ…アメリカ系の設計には味が無くて…

イギリス系の構造物には味がありますよ。
この浜中津橋にしろ・碓氷峠の橋脚にしろ
なんとなく「優雅」な気がします……

投稿: 虹のパパ黒山羊 | 2006年9月13日 (水) 21:40

>>和田岬線の座席なしの旧型車両乗りたかったです。

私が小さかったことの田舎(北陸本線)には
嫌って言うほど旧型客車が走ってましたけどねぇ。

あと和田岬線も、毎日乗っていると飽きます。
ほんと毎日々々あれですから…。
最初に気動車が入線して、「扉が自動で閉まった」時は
感動ものでした……。今では地下鉄が走るのですよねぇ。

投稿: 虹のパパ黒山羊 | 2006年9月13日 (水) 21:44

黒山羊さん、こんばんは。
こういう由緒あるイギリス系構造物がまちなかに、一般に知られずにあるというのも面白いことですね。

投稿: びんみん | 2006年9月14日 (木) 00:46

私、変な計算間違いしてましたね・・・
なんで39×3=108なんだ!?正解は117ですよね。
暗算弱いところを露呈してしまった・・・

投稿: ぷにょ | 2006年9月14日 (木) 01:29

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