« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »

2006年9月

2006年9月30日 (土)

裏側の見せ方(崎山ビル)

060927sakiyama1
待ち合わせ場所に早く着いたので近所をうろうろ。
大正中期の建築という、崎山ビルがありました。
窓ータイルー窓の縦のライン、タイルのポイントの青と窓に映り込む青空のリズムが見ていて楽しい。
階段室のてっぺんのタイルも効いてます。
でもこちらは裏側。

060927sakiyama2
タイルの装飾を拡大するとこんな感じ。
たまたま裏が駐車場なので、よく観察できます。

060927sakiyama3
こちらが表側。
タイルの剥落を防ぐためか、表も裏もネットで覆われていて、玄関のひさしも危なっかしい。
表も昔は裏のようなタイル飾りがあったのではないでしょうか。
Opiumというイタリア料理店がこのビルを支えているようで、この店が抜けたらガラガラと崩れてしまいそう。

060927sakiyama6
近づいてみます。玄関の上、シンメトリーになった植物柄のステンドグラスはなかなかきれい。

060927sakiyama4
ちょっと中に入ってみました。
前に大バンの方が探検されて、傷みように悲しんでおられたのですが、状況は変わらず、天井の塗装がめくれあがったままです。とはいえ、昔の状態にあまり手が加わっていないともいえますね。
磨けば光りそうなのに。

060927sakiyama5
さらに奥の階段周り。タイルだけが明るく見えます。

060927sakiyama7
そのまま奥に抜けるとポーチがあります。
裏口はどういう風に使われていたんでしょうか。

改めて裏側を見上げると2階まではそっけなく、3階以上に装飾を施しています。
ということは、昔は手前に2階建ての家が並んでいて、上層階でなにわ筋(手前)からの視線を意識していたのかなと思います。
裏通りなりの見せ方が面白く感じられました。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年9月27日 (水)

西島川ウォーク

060923taisei
矢倉海岸に行った続きです。
西島川水門まで戻り、帰りは西島川沿いに出来島に向かいました。
水門や船だまりの写真は前回使ったので省略します。
西島川は運河の雰囲気があって、川の両側には遊歩道が添えられています。
こんな遊園地にありそうな船がつながれていました。

060923unga2
化学工場やスクラップ再生工場などが集まっている工業地域なので、硫酸?の積出口があったりします。

060923komainu_1
でもそんな工場の片隅にまた住吉神社が鎮まっています。
強情そうな狛犬がいました。天明5年(1785年)作。このあたりは18世紀の狛犬が多いのでしょうか。

060923dekijimasuimon
やがて出来島水門が見えてきます。監視塔までついた立派な水門。通路があって、川を渡れるようになっているのが面白いです。西島川はここまででもう終わり。端から端まで歩いたことになります。

060923youkan
西島をぐるっと回ったところで、同行者が近代建築らしきものを見つけました。レンガ造? 場所は中山鋼業の中です。遠目に見ただけですが、入り口の上の飾りなど立派な装飾が付いています。3階部分は増築されています。

060923youkan2
なかなかすごい光景ですね。横から見ると増築部分がよく分かります。

060923nagaya
中島に渡ったのですが、こんな長屋がありました。
リズミカルに並んだ屋根に、シュロがアクセントになってます。

工場のイメージが強い西淀川ですが、運河の風情や水門、古い住宅、神社など、意外と(と言っては失礼ですが)絵になるなと思いました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月26日 (火)

つわものたちの矢倉海岸

060923fukumachi
土曜日、都文研(大阪都市文化研究会)の定例会に参加して、阪神西大阪線の福駅から矢倉海岸まで歩いてきました。
矢倉海岸というのは、淀川の西淀川区側の西端で、大阪市内唯一の「自然景観の海岸」という触れこみです。(この点については後ほど) 前回紹介した伝法の漁港とは淀川をはさんで対岸(北岸)になります。

歩き始めてしばらくは、福町という古い集落の中を行きます。
この写真のような歳月を重ねた味のある木造建築が見られます。
060923roji
こんな細い路地(でもちゃんと敷石あり)があり、祠があり、古そうな店があり、同じ古い町でも内陸の町とは違う空気が感じられます。漁村由来なのでしょうか。

060923ryokudou
途中、大野川緑陰道路も歩きました。
阪北水路、中島大水道、大野川を昭和45〜47年に埋め立てて整備されたそうです。
国道43号線とは立体交差していますし、その名の通り植栽が多く、かなりゆったりしています。

060923yodo1
淀川に出ました。中央に小さく見える水門が伝法水門です。

060923yodo2
このあたりは広々とした河川敷があります。

060923fune
陸側は工場地帯ですが、その間に船だまりがあります。
不思議な光景です。このあたり、今年の初めに仕事で来て、あまりに大阪離れした景色に驚きました。

060923fune2
古びた砂利運搬船(?)がさびた船体を横たえています。

060923suimon_1
中島川の水門。先ほどの船はここから出入りします。

060923yodo3
だんだんさびしくなってきました。
このように竿が立っているのは、仕掛けでしょうか。目印に青い旗や白い旗などが結ばれて延々と続いています。

060923tetra
大勢で歩いているというのもありますが、河岸も変化があって、飽きません。(それでも長いけれど)堤防が切れてテトラポット。ここからは河岸ではなくて海岸ということでしょうか。

060923wando
と、唐突にこのような人工の潮だまりが現れます。
ずっと工場の緑地と淀川にはさまれて歩いてきただけに、意表を突くに十分。

060923yagura1
ようやく矢倉海岸の矢倉緑地公園に到着しました。
芝生の丘の向こうには阪神高速湾岸線と神崎川橋が見えます。

060923yagura2
ここが矢倉海岸の先端部分。矢倉海岸は、海岸の寄洲だったところを安永7年(1778年)に開発した矢倉新田がもとになっています。緑地は平成12年にオープンしたそうです。岡山県の犬島から大量の石を運び込み、荒磯海岸としたとのことですが、いくら自然石とはいえ、それを自然景観と呼ぶのはいかがなものでしょう。
個人的には新田の堤を再現してくれた方がうれしいのですが。(勝手なのぞみ)

この矢倉海岸までは、延々と人家のない道を歩いて(または走って、乗って)こなければなりません。自動車ではこれません!(そのあたりの距離感を感じていただきたくて、あえて写真を増やしました)
そのあたりがすごいところで、したがって、ここまで来る人はつわものばかり。釣り人、ぴったりウェアのサイクリスト、自転車小冒険の子供、カメラマン、なぜかベルトの商品撮影に来ている人、ジョギング集団、そして猛烈にトレーニングに励む老人。
ここにしかない風景という意味で、得難い体験でした。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月24日 (日)

伝法を散歩

060923matinami
秋晴れの爽やかな午後、まち歩きのイベントに参加してきました。
でもその話はまたするとして、今回ご紹介するのは、待ち合わせ前の時間を利用して歩いた伝法界隈の話です。
ぷにょさんのまちかど逍遥で紹介されていた伝法の漁港が見てみたくて出かけました。

阪神西大阪線の伝法駅で降りて、まず西をめざします。

伝法のあたりは、「尼崎街道まわりみち」として明治36年に新淀川ができるまではたいへん賑わっていたそうです。この写真の場所は正確には街道筋を離れているのですが、昔の家並みの名残が感じられます。なんだか、随分遠くまで来てしまったような感覚をおぼえます。
060923denpoudouhyou
西念寺前の道標。尼崎からみたら大坂道。

060923denpou2
このあたりは土地が低く、水対策は重要です。このようにがっちり足下を固めている塀があります。

060923denpou3
和風の塗り壁に見えて、実はレンガの壁。新しい文化を受け入れていたことをうかがわせます。
060923holand
☆レンガ積みの部分を拡大してみました。

060923denpougyokou
歩いていくとすぐに伝法の漁港。周囲を囲まれた船だまりのようで、どこから出るんだろうと思いました。土地が低く、高い防潮堤で囲まれているのもそう感じる理由でしょう。

060923denpousuiro
この水路を通って、淀川と行き来しています。
カーブミラーが設置されているほど、細い水路です。

060923suimon
ここが淀川への出口、伝法水門です。昭和39年の設置。

060923miotsukushi
いったん伝法駅に戻って反対側へ。カバヤの工場など横に見ながら歩いていくと、澪標(みおつくし)住吉神社があります。大阪湾の新田開発地に住吉神社が多いのは、海が荒れることを恐れる気持ちが強かったからでしょうか。あるいは船乗りが多かったから?

澪標住吉神社には、澪標(みおつくし)についての解説があります。このあたりは、江戸時代に樽廻船がおこった地だそうです。「人生という航路で心のより所にする神社、との思いをこめて名付けられたのでしょう」と解説を書いた方はロマンティストなようです。

060923komainu
神社に愛嬌のある狛犬がいました。目が寄っているのでそう感じるのかもしれません。
寛政7年(1795年)の作です。

060923kounoike
また、神社の向かいに鴻池組旧本店があります。これについては、ひろさんの東本西走などで紹介されています。しかし、写真でのイメージより小さくて驚きました。まとまりがあるので、大きく見えるのでしょうね。
明治43年に建てられた木造の洋館です。此花区のHPによれば、内部には写真集が作れるほどのインテリアが揃って残されているとのことで、見てみたいものです。隣には和風の本宅があります。

和風の本宅の裏側については、まちかど逍遥で紹介されています。昭和28年までは手前を伝法川が流れていて、2階から釣りができたという話も。

鴻池組はその創業初期に淀川護岸改良工事や住友の鋳物工場を手がけていたそうです。

060923kounoike2
正面頂部の拡大。

060923kounoike4
床下換気口のデザイン。金属部分はバリが付いているように見えるので鋳物?とも思ったのですが、他をきっちり仕上げて、そこだけバリを取ってないとしたら不自然な気もします。

060923denpou
鴻池組旧本宅のある並びには、こちらも古い家並みが続いていました。
しかし、集合時間が迫っていましたので、ここで終了。また改めて続きを歩きに来たいと思います。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月22日 (金)

私営街路樹

060917gairoju
天下茶屋のとある道。
溢れる緑が目に入ってのぞきこんだら、こんな状態でした。
わずか30センチほどの幅に街路樹(といっていい大きさでしょう)
賛否はあると思いますが、工場を緑化しようという強い意志を買いたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月18日 (月)

学校になった公園

060702meijishou
大正時代の公園を見に行くシリーズも残りわずか。
大正7年にできた阿波座小公園(519坪)を探しに行きました。
大正天皇の即位御大礼記念の公園です。大阪市で10番目?
(実際に行ったのは夏の初めです)

たしかに公園はあります。阿波座南公園です。
しかし、阿波座小公園は、地図で見るとどうも明治小学校(写真)の位置らしく思えます。「南」というのも引っかかります。
060702sekihi
明治小学校から道をはさんで東側にヒントがありました。
この「明治小学校旧校舎跡」の記念碑です。

060702sekihiura
裏側に回ると経緯を示す銅板プレートがはめられています。
小学校は昭和20年に戦災で焼け、昭和32年に復興、昭和45年に現在地西側に新校舎落成と記されています。その西側の土地は?というと、公園が使われたと考えられるのではないでしょうか。それが阿波座公園で、だから南側の公園が阿波座南公園なのではないかと推測できます。

060702awazakouen
これが阿波座南公園です。
緑豊かな公園で、ビオトープなどもあります。

060702shuro
そしてシュロ!
大きなシュロが2本立っています。

060702awazakouennai
そして、また謎の平たい石が無造作にごろごろしています。
どういう状態で使われていたものなのか。
この石の疑問はまだ解けていません。

阿波座小公園がなくなったときに、公園にあったものは阿波座南公園に移された・・・と考えるのは想像に過ぎますので今のところは保留です。

060702akoshimabashi
公園の話としては以上ですが、余談です。
明治小学校の南東隅に阿古島橋の親柱が残されています。阿古島橋というのは立売堀川に架かっていた橋で、明治41年に架けられ、昭和4年に架け替えられたそうです。川は昭和31年に埋め立て。この親柱は昭和4年のものでしょうか。橋の親柱というのはよく残されてますね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月17日 (日)

三条あかり景色の実験

060916kyobun1
月曜日まで3晩、京都の三条通で開催されているイベント「三条あかり景色」を見に行ってきました。
近代建築が建ち並ぶ三条通の壁面に、いくつもの映像を投影するのが、イベントの中心です。
このイベントは今回3回目。私が見に行くのは初めてです。

直接、目にして思ったのは、このイベントは非常に実験的だということ。未完成というより、参加した人、見に来た人がここからヒントを得て、次の動きに生かせるという意味での「実験的」です。
最初に投影を始めたときは地元の理解を得るのが大変だったでしょうね。

まず、どんな映像が投影されているのかを紹介します。投影されているのは、古い映画、学生のショートムービー、そして建物と一体化した映像作品などです。映像は音のないものが多いです。街との共存には必要なことでしょう。

060916jidaigeki
古い映画の上映。
通りに面する京都文化博物館のフィルム・アーカイブが使われています。この写真は1927年の日活京都映画『槍供養』の断片。いいところで終わってしまうので、続きが気になります。

この場合、スクリーンにおあつらえ向きの白い大壁が使われています。近代建築や古い町家に投影することもあれば、このように、新しい建物の壁に投影することもあります。

060916futari
次に学生のショートムービー。
この場合、スターバックスの入っているビルの壁面に投影されています。この屋外席は特等席ですね。

060916tabi
かと思うと、古い足袋屋さんの黒壁に投影される作品もあります。
黒壁であったり、空調室外機があったりで、見にくいのですが、白壁にばかり映していては面白くないのでしょうね。このあたりも実験的に感じます。

060916kyobun2
3つめに建物と一体化した映像作品。
これ分かります? 元々は白い石の部分にぴったり合うように、投影で色を付けています。立体に投影するので、かなり難しいのではないでしょうか。なかなかうまく重なってます。しかも動きます。
場所はトップの写真と同じで、京都文化博物館の別館・旧日本銀行京都支店です。

060916rokkaku
別パターンでこんなのもあります。壁面に六角形の飾りがあるので、それを一つ一つのマス目に見立てて色を付けています。これも動きます。
他にもいろんなパターンがあります。
面白いなと思ったのは、ビルの壁面を泳ぐようなアニメーション。ビルからビルに泳ぎまわっている人がいたら楽しいかも。

※関連イベントとして、コンサートやスタンプラリー、抽選会などもあるのですが、それは説明省略しました。

このイベント、
・学生の発表の場
・見物客の楽しみ(発見の楽しみも)
・建物にスポットを当てる
・交通実験(狭い三条通、通行止めにはしてないんですよ)
 などなどの狙いがあるようです。
 
そして、ユニークなのは、映像を投影しているだけなので、スイッチを切ればもう元の建物に戻ることでしょう。
しかし、建物の見え方は以前とは違っているはずです。年々進化しているらしいこのイベントがどんな動きにつながるのか、実験の続きが期待されます。

会期がまだ2日ありますので、興味を持った方はどうぞ。
しかし、台風が気がかりですね。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月16日 (土)

ショールームになった公園

今回はひとりごとみたいな内容だということをお断りしておきます。
060709kizuminipark
ちょっと間が空きましたが大正の公園を求めるシリーズです。

大正11年に大正天皇即位の御大礼記念事業として整備された木津小公園を探しに行きました。
住所でいうと浪速区浪速東1丁目。駅でいうと環状線の芦原橋です。地図と照らし合わせると、どうもこのトヨタのショールームのある場所らしい。タイトルにひねりなし。公園であったことをしのぶ痕跡はなさそうです。
北側は広い道路、東は大きな運動公園、西と南は浪速青少年会館に囲まれています。なぜこの一角だけ民間の土地なんでしょうね。

060709kizuminishuro
それでも、隣の敷地に幼いシュロを見つけました。
木津小公園にあったシュロの種が芽吹いたのではないかと思うことで、気持ちを納得させました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月13日 (水)

もっと知りたい左官屋さん

060827kura1
060827daikonl060827daikonr
以前別のところで、私の気に入っている河内長野の蔵を取り上げたことがあります。
この西洋建築のアカンサスに対抗するかのような大根の漆喰持ち送り。おまけにねずみ。

今までそこにしか目がいっていなかったのですが、隣の蔵にも気づきました。
060827kura2
蔵に丸窓。意外にないような気がします。西洋建築的なものを取り入れようという意識が施主さんにあったのか、左官屋さんにあったのか。
(結果的には、昔話に出てくるひげの濃いお百姓さんみたいな表情ですけれど)

060827marumado
丸窓を拡大するとこんな感じです。
改めて湧いてきた疑問が、こういうものを作る左官屋さんなら、他でも作っているのでは?ということ。
近くのほかの蔵も調べてみないといけないかもしれません。


| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月12日 (火)

年齢不詳なスーパー

060909sanko
南海線の天下茶屋〜萩ノ茶屋駅間で東の方に大きな瓦屋根が見えます。
どうも気になるので、散策がてら確認してきました。
場所からしてどうやらこの建物らしい。
公民館風の建物で、1階はスーパーサンコーです。

060909sanko2
正面には唐破風風の飾りが付いています。
道が狭くて屋根が見えません。

Supersanko
(参考)電車から撮った写真を引き伸ばしてみました。こんな屋根です。

060909sanko3
側面後方から見るとこんな感じ。
端に瓦屋根が見えるでしょうか。
天下茶屋文化会館がつながっています。

ここまで観察したあと、近くの喫茶店で聞き込みをしました。
「あそこのスーパーなんですけど・・・」
「5、6年前に建て替えられたスーパーやね。公民館と一体的に建てたみたいやけど。」
「5、6年前???」

私のイメージでは古い公民館を化粧直しして、1階にスーパーを入れたもの、という推測だったのですが、本当に5、6年前なんでしょうか。いったん壊されたとおっしゃるのですが。
新しく建てるのに、こんな建物建てるかなあと非常に疑問です。

もう少し別の人にも聞き込まないといけないかもしれません。

(追記)
『大阪府の近代化遺産』に、昭和初期の旧天下茶屋郵便局と記載されていました。
郵便局にしては大きいのですが。(2008.9.14記)

***
仕事の必要から新たに一眼レフデジカメのEOS KISSを買いました。
今回はその練習も兼ねて撮ったんですが、まだ感覚がつかめません。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2006年9月10日 (日)

遊歩道から見る・和歌山編

060430yuuhodouisu
石の話が出たついでに、4月に出かけた和歌山の話を引っ張り出します。

ここは和歌山市の市堀川。和歌山城の外堀のように流れる川です。この川の両側に、比較的長い遊歩道が整備されています。このようにベンチを出している店もあります。
・・・が、誰も歩いていません。もったいない。

060430siroifuusen
寂しいなと思っていたら、白い風船が流れてきました。
誰もいない川に白い風船。誰かのインスタレーション作品のようです。

・・・感心するのも一瞬で終わるので、私なりに遊歩道を楽しんできました。

060430aoishi
遊歩道から見えるものその1。石垣。
ここの遊歩道は、元々の河岸にテラスを付けたような形になっていますので、石垣を間近に見ることができます。これは紀州青石でしょう。名前の通りの青い石で、圧力を受けてぺしゃんこになった変成岩(緑色片岩)ですから、筋状の模様が入っています。和歌山は中央構造線が通っていますので、こういう石が採れます。

060430sagan
石にもう1種類あって、こちらは和泉砂岩でしょう。
こちらの方が比較的弱そう。
和歌山市の北の和泉山脈で採れます。

石垣ではこの2種類の石が目立っていました。

060430shiroaoishi
実は、和歌山城の石垣も全く同じです。
これが紀州青石の石垣。

060430shirosagan
こちらが和泉砂岩の石垣。その後、補修したところには花崗岩がはまっていたり。
おおよそ和泉砂岩が外側、紀州青石が内側の石垣(本丸など)に積まれていました。
石の構成が全く同じというのが面白く思います。

階段に青石と砂岩を組み合わせているものがあって、色合いがとてもきれいでした。
さて、石はそれぐらいにします。

060430nakahashi2
遊歩道から見えるものその2。橋。
市堀川には古い橋が架かっています。これは中橋。鋼ワーレントラス橋というそうです。なんとイギリス製で、設計者はパウナルという人。明治23〜32年に製造され、昭和28年にこの場所に転用されたそうです。(以上、『日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2800選』より)

060430nakahashi
歩道もセットで付いています。

060430nakahashishita
遊歩道があるので見えるのは橋の裏側。
こんな風になっています。

冒頭にあげた写真のように、遊歩道を取り込んでいる店もありますが、まだ少数。まだまだ裏側感が強いようです。私のあげた楽しみ方はマニアックに走っていますので、もう少し普通に遊歩道を歩く楽しみが増えてくれたらと思います。

| | コメント (13) | トラックバック (0)

2006年9月 9日 (土)

ツール・ド・フランスのドキュメンタリー

『マイヨ・ジョーヌへの挑戦/ツール・ド・フランス100周年記念大会』、英題”HELL ON WHEELS"、2004年、ドイツ、123分
監督:ペペ・ダンカート
『OVERCOMING ツール・ド・フランス 激闘の真実』、英題"OVERCOMING"、2005年、デンマーク、108分
監督:トーマス・ギスラソン
060903tour

九条のシネ・ヌーヴォXで上映中のツール・ド・フランスのドキュメンタリー2本を観てきました。
まず、シネ・ヌーヴォX(エックス)というのは、シネ・ヌーヴォの2階に新たに作られた上映スペースです。ミニミニシアターですが、国名小劇(日本橋にあるお休み中の映画館)よりは収容人数ありそう。6時の上映は補助椅子を出すほどの満員でした。

映画の説明をする前に、ツール・ド・フランスの説明をした方がいいと思います。
私にしても昨年のジロ・デ・イタリア(イタリア一周レース)からちょこちょこと見始めたばかりであまり詳しくないので、割り引いて聞いてください。

ツール・ド・フランスは、毎年7月にフランス(及び一部周辺の国)で3週間にわたり開催される、最大・最高位の自転車ロードレースです。全20ステージで優勝が争われます。初日は短いのですが、あとは200km程度のレースが続き、間に個人タイムトライアル(1人ずつ走る)、チームタイムトライアル(チームごとに走る)などのステージがあります。総走行距離は3500kmほど。2000mの峠に登ったりもしますし、完走しないといけないので相当過酷です。9人1チームのチーム競技ですが、チームの総合成績を競うのではなく(そういう賞もありますが)、全ステージを通じて最も短い時間で走った個人に与えられるマイヨ・ジョーヌ(黄色いジャージ)を獲得するのが一番の目的になります(強豪チームは)。この1人の優勝者を出すために他のチームメイトはアシストする形になります。各ステージ優勝でも相当な名誉のようです。

ほぼ同時に公開されている2本ですが、それぞれに味わいが違います。(ネタバレありです)

『マイヨ・ジョーヌへの挑戦』の方は、2003年大会でのチーム・テレコム(現T-モバイル)への密着取材。もっと限定するとツァベルとアルダークという長年コンビを組む2人が中心です。3週間、起居をともにするルームメイトの相性は辛いレースで重要なんですね。ツール・ド・フランス100周年記念作品ということもあって、ツール(略してこう呼ぶ)に関わる人々ーマスコミであったり、警備員であったりーにもスポットライトが当たっています。

もう一方の『OVERCOMING』の方は、2004年大会でのチームCSCへの密着取材です。こちらはチームワークを強調する異色のチームということで、プライベートで悩むエースのバッソとサストレ、彼らを助けたいと思う監督やチームメイト、監督を励ますスタッフ、突然の(しかし確率の高い)怪我、勝利の喜びと敗れた落胆、ライバルチームとの駆け引き、引退の決意などが生々しく描かれます。改めて、バッソっていい人なんやなあと思います。その結果、悩みをライバルであるランス・アームストロング(2005年大会までツール7連覇達成)に相談してしまう危うさにつながるのですが。

わたしの場合は、『OVERCOMING』の方が好みでした。
どうすれば2人のエースとチームメイトがともにチームワークを発揮できるのか、自分がプレッシャーを与えているのではないかと悩み、「励まし方を学びたい」としんみり話す監督の姿には、自分が職場でどんなことができているかと思い返してしまいます。そして、一生懸命、監督を励まし、選手を元気づけるフィジカル・セラピストの姿には心打たれます。

現在はブエルタ・ア・エスパーニャ(スペイン一周レース)を開催中。
Jスポーツでは、今年から3大レース(ツール、ジロ、ブエルタ)が生中継されています。残念ながら、盛り上がりに水を差すように、ドーピング問題で今年のツール直前に大量の出場停止者が出ました。その中にはCSCのバッソも含まれます。今年のツール優勝者もドーピング陽性反応が出て、優勝剥奪になりそうです。

それでも、故郷に近いステージで勇姿を見せたいと飛びだしていく選手、ちゃっかりゴール前で優勝をさらう選手、エースを助けることだけにやりがいを感じている選手、ライバル選手同士の協力や、自分は勝利に値しないと感じれば勝ちを譲る姿など見ていると、本当に面白いなと思います。平坦なステージ、山登りのステージ、カーブの多いステージなど、様々なステージがあり、それぞれ得意な人が勝利を狙います。いろんな勝利が用意されているのが良いです。これだけたくさんの景色を眺められる競技もないのではないでしょうか。

この映画を見ると、とにかくみな無事に完走してほしい。そう思います。
...
....

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 8日 (金)

センダンの木陰のタバコ屋さん

060826sendan
茨木市奈良地区(南茨木の近く)を歩いていると、大きな木が目に入りました。
こういう木の下にはタバコ屋さんが似合います。

060826sendan2
暑い日だったので、アイスを買って、お店のおばさんと立ち話をしました。
お話によると、この木は100年を越えようかというセンダンの木。秋には丸い実がたくさんなり、冬には葉を全て落とします。掃除が大変といいながらも、その言葉に嫌悪は感じません。センダンの木は近くの小学校にもあって、鳥が種を運ぶとすぐ大きくなるんですよ、「ほら」と遠く指さした先には、車の背丈より高いセンダンが生えていました。

060826torii
この奈良地区というのは、昔、奈良から人が移り住んで、その名前を付けたそうです。「だから春日神社が多いんですよ」 お店から見える鳥居も春日神社の鳥居です。残念ながら、参道が中央環状線で分断されていますが。

十字路に、センダン、タバコ屋、鳥居。
なんだか大阪でないようなこの地区で、ここは圧倒的な基準点となっているようです。

店を覆うように木が立っていれば、たいがいお店はタバコ屋やよろず屋。そして、花の咲く木であるように思います。センダンの木は春にいい香りの花を咲かせるそうです。
その頃に、また来てみたいと思いました。

>続編はこちら「再びセンダンの木陰へ」

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年9月 7日 (木)

柔らかな石畳

060821ishidatami
長崎の街を歩いていて気がついたのは、石畳が明るいことです。柔らかい石らしく、よく欠けています。その欠け方がまた、ぽこっと柔らかい。
近頃はやりの南欧風の石ともちょっと違います。

気になっていろいろ検索してみたら、どうも天草上島の下浦石という砂岩らしいと分かりました。
関西で見慣れた御影石の威厳ある感じとはずいぶん違います。

060821minamiyamate27
石畳だけでなく、蔵や建物の壁材にも使われています。
この建物は南山手乙27番館(南山手レストハウス)。幕末の元治元年(1864)〜慶応元年(1865)頃の建築だそうです。

060821glover
有名な旧グラバー住宅(文久3年(1863))にも使われています。サンルームの壁と軒下の石畳に。

柔らかな印象を与える明るい石は、長崎のイメージによく合っていると思います。
伝統的に使われてきた石でまとめられた街はいいものです。
(なお、路面電車の敷石は強度の関係か花崗岩のようでした)

長崎のお話はひとまず終了。次回は大阪に戻ります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月 6日 (水)

出島復元中

060821dejimamokei
もう少し長崎。今回は出島です。
何が何やらな写真ですが、手前にあるのが出島の模型、その向こうは明治10年の旧出島神学校(左)と明治36年の旧長崎内外クラブ(右)、さらに向こうは出島の外にある現代の建物です。
そんな混沌とした出島では復元計画が進行中でした。

060821dejimadori
これが復元された西側の一角です。
通りをはさんで、左に一番船船頭部屋、一番蔵、二番蔵、三番蔵とならび、右にヘトル部屋、カピタン部屋とならんでいます。意外と和風なんですね。青いベランダを除いて。
平成8年度から19世紀初めの建造物25棟の復元計画が進められていて、10棟が完成しているそうです。

060821senchou
部屋の中も復元してあります。
こちらは一番船船頭部屋の2階。オランダ船(一番船)船長や商館員の居宅だったそうです。これも意外と和風でちょっと違和感。

060821dejima_1
こちらはカピタン部屋の2階。もう少し、家具の入った食堂や居間があるのですが、その写真を撮っていません。
何でしょう、この感覚は。

060821dejimasakai
出島では建物の復元だけでなく、四方に水面を確保する長期計画まであるそうです。時期は示されていません。既に市街化しているので大変なこととは思います。
例えば、この道路。出島の境で舗装を塗り分けています。左が出島で、右は海。ここは海に戻すわけです。

060821hashinoato
出島と長崎の街をつないでいた橋の跡。向かいが長崎の街です。当時はこんなに距離はなくて、この半分の距離まで出島があったそうです。ここは埋めます。

060821dejimamukai
明治期の洋館が建っていることで分かるように、復元といってもどの時点に復元するかというのは難しいことですね。もちろん、明治期の洋館はそのまま生かします。でも出島の南側のこういう建物は? ここは道幅半分ぐらい、堀にすればOKか。でも線にかかってたらあっさり除かれそうです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年9月 3日 (日)

抜け道市場

060821ichiba
引き続き長崎です。
これも土地の有効活用といえるかもしれません。
長崎の市場は、(大阪の私にとって)ときに不思議な形態をしています。
この市場などそう。坂の途中のこの市場は細長い市場で、斜めに通路を下ると向こうの道に出ます。いわば、抜け道の市場です。屋根部分の建物は手作りみたいですし、この市場の成り立ちに興味をひかれます。

060821ice
非常に暑い日でしたので、端のパン屋さんで、アイスを買いました。
シロクマなどのアイスに並んで、見慣れないアイスが。大胆にシンプルな包装です。
高尾冷菓という地元のメーカーですし、店のおばちゃんも「おいしいよ」というので、試してみました。見た目から想像するのは、かき氷の白みつなんですが、実際は爽やかなカルピス風で、予想外においしく思えました。わずか50円です。でもメーカーの名前で検索しても引っかからないのは、地元でもマイナーなのかなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 2日 (土)

戦前倉庫の四段活用

060821souko1
長崎港に並ぶ7つの倉庫。
戦前からあり、被爆もしたレンガ倉庫だそうです。
いまは4種類に活用されています。
左から1、3、4番目は基本形の日通倉庫です。
2番目は・・・答えはこの記事の最後で。

060821souko2
5番目は鮮魚直売所。
倉庫と魚は合うと思います。
改造しすぎているようですが。

060821souko3
6、7番目はレストランバー。
こういうレンガ倉庫の使い方は多いですね。

さて、左から2番目の建物は何か分かりました?
モデルルームだそうです。それでマンションを買う参考になるのでしょうか?

・・・と用途はバラバラですが、何より、レンガ倉庫を残して使っているということが大事ではないでしょうか。一時的に不似合いに思えるテナントが入ることがあっても、テナントが入らなくて壊されてしまうよりはまし。
どんどん活用してもらいたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月 1日 (金)

長崎流・土地の使い方

060821yamate
長崎というのは驚くほど平地のないところなんですね。
坂が多いという話は聞いていても、実際に目にすると驚きます。ロープウェイでも家の間を通っていくみたい(とまで言うとオーバーですが)。
それほど山の上まで住宅になっています。

060821dejima
それは海側でも同様。
扇形の出島の絵図は皆さん、見たことがあると思います。
今回出かけるまで、出島がいまどうなっているのかって考えたことはありませんでした(もうないのかと思ってました)。でもちゃんとあるんです。街なかに。

博物館では、1570年、長崎港が開かれた頃の海岸線を知ることができました。出島どころか、今の市街地の中心部はすべて海の中です。山を切り開くか、さもなくば海を埋めてできた街なんですね。

いまの長崎の中華街は、元は倉庫街として、出島同様、隔離された島だったそうです。

060821hashi
だから土地の有効活用に関しては、日本で一番考えてきたんじゃないでしょうか。
この建物、よく見ると橋の上に建っています。いったん橋を壊さないところが面白いですね。この川は暗きょになっていて、この先ずっと市場になっています。

060821seiyoukan
発想として、こういう線路をまたいだ建物というのも、長崎ならすんなり出てくるのではないでしょうか。

060821bijutukan
平地がなくて立体的なことは、土地の有効活用とともに、”眺める”意識を強めるのではないかと思います。
この写真はどこか分かりますでしょうか。海辺にある長崎県美術館の屋上です。眺めるために高い塔を建てるのではなくて、代わりに開放的な屋上を用意するところに、”眺め”ながらも”眺めを邪魔しない”、長崎流を感じました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2006年8月 | トップページ | 2006年10月 »