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2006年4月

2006年4月30日 (日)

ベトナム旅行準備中

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ブログの更新もままならないこの頃ですが、5月2日から7日までのベトナム旅行を準備中です。
ベトナムに行くのは10年ぶり。今回はハノイとその周辺に絞りました。
そんなわけで、こんな本を見ながら、計画を立ててます。(建築系に偏ってますね。これ以外に「地球の歩き方」も使います)
10年前の旅行では、ちょうどうまく真ん中の本、SD特集「ベトナム建築大博覧」が出ました。今見ても役に立ちます。今回もまたタイミング良く「建築のハノイ」という本が出ました。さらに和歌山県立近代美術館では初めての体系的な紹介という「ベトナム近代絵画展」を開催中です。こちらもできたら見るつもり。
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060429passもう一つタイミングが良かったのは、パスポート切り替えのタイミングでICチップ付きパスポートに切り替えられたこと。(1月に前のパスポートが切れたので、3月まで更新を待ちました)たいして違わないんだろうと思ってたのですが、「重い」、「厚い」、「曲がらない」で、若干携帯に不便になったかも。ページの真ん中にプラスチックの板が入ってるんです。右の写真の白い部分。
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新しいパスポートは表紙にICチップを表すらしきマークが入りますが、他にもページに番号が入ったり、各ページの下にパスポート番号がパンチされていたり、写真ページに凝ったホログラムが付いたり(テーマは日本の四季かな)、かなりあちこちに手が入ってます。

なんだか、新パスポートのレポートみたいになってしまいました(笑)
今回の旅行には大事なミッションがあるのですが、それは帰りましてから。戻ってからは時間に余裕が出来ると思います。

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2006年4月18日 (火)

初瀬街道の近代

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仕事で三重県の津市白山町というところに行ってきました。
近鉄・榊原温泉口駅で降りて目的地に向かう途中、気になるこの建物が目に入ったので寄り道。
この建物は初瀬街道という道に面しています。奈良から長谷寺(初瀬寺)を通って伊勢神宮に向かう旧街道です。

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どうも役所っぽいなあと眺めているとちょうど向かいの家から人が出てこられました。
伺うと、旧倭村役場の建物。大正時代の建物ではないかとのこと。伊賀の建物(何かはわからないけど)をモデルに建てられたらしいです。ちょっと洋風が入ってますね。
倭村(明治26〜昭和30年)が白山町に合併したのちも、この建物は支所として使われ、白山町がさらに津市に取り込まれた今は、資料庫になっているそうです。 060414siryoukan

さらに街道を歩いていくと、この白山郷土資料館があります。旧・倭小学校の講堂を全面改築した建物(木造校舎が平成まで残っていたのに)。 多種の民俗資料や垣内宿・二本木宿の資料などを展示しています。

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道沿いには水路が流れ、このように洗い場がしつらえてあります。 倭村は青山高原の東斜面とその斜面を下りきった平地です。古代、青山峠からこの地域を眺めて、低い丘の並ぶ風景が飛鳥・甘橿丘を連想させたことから、小さい倭(=大和)、小倭と呼ばれ、そこから村の名を採ったそうです。飛鳥に通じる穏やかな表情が感じられます。

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さて、二本木宿に入ろうとするところにこのような建物がありました。何の説明もないのですが、「キリスト教系の学校かなあ」と思いながら気になるので写真を撮っておきました。 後で調べてびっくり。「浦上四番崩れ」という明治初期のキリシタン迫害事件で、長崎の浦上のキリシタンがここに流されていたのです。明治2年に、3000人あまりのキリシタンが西日本の21藩に配流され、そのうち、津藩に預けられたのが155人、伊勢管内には75人が二本木の旧代官所に収容されたとのこと。それがここです。この小さな町が、長崎や明治初期のキリスト教史につながっているとは。060414kyoukai2 明治6年に信教の自由が認められ、キリシタンは長崎に戻りましたが、その間の犠牲者は6名。拷問などは行われず、他藩に比べると扱いが良かったようで、犠牲者の少ないのにほっとします。 その後の経緯は分かりませんが、これを縁として教会(大三教会)にしたのでしょうね。 旧代官所が教会になってしまうのですから、歴史というのは面白いものです。 これだけの由緒があるのだから、何か表示でもあればと思うのですが。

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二本木の中心にはまたこのような簡素な近代建築があります。雰囲気的には公共建築ですが、今のところ、どのような建物かは分かりません。また調べてみます。

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シンプルながら、テラコッタ風の飾りがきれいです。窓枠も古いままのように思われます。

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二本木の宿場町はこんな雰囲気。格式のある宿屋も営業こそしていませんが残っています。右手の建物は蔵で、この地域では標準的な形のようです。格子状の焼き板壁の2階建て、1階に屋根が付いて張り出すスタイル。板壁に押さえが付いていて、その棒を外せば板壁が外れて類焼を防ぐ工夫・・・と鈴鹿の白子で聞きました。

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古い煙突があったので何かなと見に行くと、古い醤油屋さんでした。 この醤油屋さんは今も営業されています。旧街道らしい風景です。

ここからは近鉄の大三駅がすぐ。 短い距離でしたが、古い街並みに近代建築に資料館等、見所の多い道でした。

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2006年4月10日 (月)

やぶれかぶれ?

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街を歩いていて、こんな店があったらどう思います?
予備知識なしに面白い店を見つけるのは比較的得意なのですが、さすがにこれはひるみました。
手入れの行き届いた古さとは、明らかに違う。

迷いましたが、「スパゲッティの好きな方には気に入っていただけると思います」の言葉に意を決して飛び込みました。(この場合はまさに飛び込む)
入ってびっくり、中は・・・やっぱり外に負けず劣らず(笑)
店が三角形でこの幅の奥行きはありません。
でもお客さんが待ってるんですよ。期待できます。
壁は見ないことにして、コンロに5つも並ぶフライパンと2つの大鍋の1つはピカピカです。
ソースはトマト、クリーム、しょうゆが基本で、これにエビ、ベーコン、アサリなどの組み合わせになります。
お値段は670円から。

私はトマト+エビにしました。
ワインが利いていて、最後に載せるスライスバターもいい香り。あっさりした、食べたことのない味でした。おいしい部類だと思います。

この店の名前は、倶蘇酡麗。「くそったれ」と読むのだと後で知りました。
あえてきれいにしない、のかも。
場所は天神橋筋7丁目。商店街のすぐ脇です。

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2006年4月 2日 (日)

3月のモノトーン

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花巻に出張に行ってきました。
伊丹は朝から雨の荒れ模様。行き先によっては、引き返すこともありますという注意が流れていました。幸い、私たちの行く花巻空港はそんな注意を受けませんでしたが、乱れたダイヤにあおられて、出発が後回しにされてしまいました。離着陸機の少ない花巻空港は、少々遅れても降りられるだろうと判断されているらしいのです。

雲に覆われた伊丹空港を発ち、1時間余りで花巻上空へ。はっとしました。景色が美しいモノトーンなんです。つまり白い雪と黒っぽい家と木々。点在する屋敷の西側には、それぞれ数本、高い木があり風を防いでいます。西から強い季節風が吹く地方なんですね。飛行機ももちろん影響を受け、揺れます。着陸の難しい空港なのだそうで、そういえば、昨年夏に来たときもやはりよく揺れました。しかし、そのときと違い、今回の着陸はみごとなものでした。

気温は2度。風が強いので気温以上に寒く感じられます。うう。

イトーヨーカドー経由のバスで花巻駅へ移動。
仕事の時間までは間があるので、花巻市街を散策しました。
花巻といえば、宮沢賢治の生地でイメージの源。来る前に『銀河鉄道の夜』を読んできましたけど、それは置いといて、普通に街歩きします。

スタート地点の花巻駅は、南北に流れる北上川の刻んだ河岸段丘の先っぽにあるようで、その向こうの丘に花巻城跡、その間に旧市街地が伸びているようです。旧市街地は風を避けてうずくまっているようにも見えます。自然、私の好きな坂のある街です。地図上に表示されたくねくね道が気になって出かけてみると、この谷間を深く刻む大堰川という細流でした。プロムナードが整備されています。
丘の上から城跡の南にかけて、アーケードのある商店街が続いていました。ちょっとさびしい。

花巻の街の特徴を知ろうと思って、よく観察していたんですが、木造トタン葺き、白いペンキの下見板貼りの建物が気になったものの決定的な印象には至らず。もっとじっくり歩き回る必要がありそうです。

060330kura1それでも、気づいたのは花巻市は蔵に注目しているということ。さきほどのプロムナードの終点には、まちなかビジターセンターという大正時代の蔵を改造した観光案内・物販施設があります。お屋敷は取り壊されて蔵だけがこうして転用されています。また、宮沢賢治の生家の隣にはまた蔵を使った展示コーナーがあるそうです(冬季休業中)。

蔵もまた、強い風と風で拡がる火事への備えだったのでしょうか。用を越えて、蔵は華やかです。

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打ち合わせと宿泊は花巻温泉で、こちらにも蔵を利用したカフェがありました。

花巻温泉というのは、花巻駅の北西9kmの山際に大正7年から計画され、温泉・旅館・貸別荘・遊戯場・動物園・売店・住宅百数棟が、鉄道(大正14年開通)とともに整備された一大レジャー施設だそうです。
今は鉄道は廃され、自転車道になっています。

あいにくと出発前日に足をくじいてしまって、湯治も兼ねたような出張で、思うように歩き回れませんでしたが、飛行機から、車窓から、美しいモノトーンの風景が眺められました。残念ながら写真は撮れていません。
雪の降る地方は雪に備えた街をつくるのが第一の意識だと思います。雪の季節に意識が行っている分、雪の季節、モノトーンの中で眺めるのが一番きれいなのではないかと思えました。

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