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2006年2月

2006年2月28日 (火)

芸術的な消耗品


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以前、伊勢型紙について紹介したことがあります。
上の写真がその例で、京友禅や江戸小紋、浴衣、手ぬぐいなどに使われる型紙です。
(茶色い部分を残して、白い部分は切り抜かれています。これは突彫りという技法)
これだけ芸術的でありながら、あくまで製品は染められた布ですから、表に出ることなく消耗される運命にあります。華麗な色づかいの反物なら、50枚の型紙が費やされることもあるそうです。

仕事の取材の関係で(といいながら多分に個人的な興味で)このところ続けて伊勢型紙に触れる機会がありました。

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まずは鈴鹿市白子の伊勢型紙資料館を訪ねました。
昔の伊勢型紙商人の筆頭だった寺尾家の住宅を資料館として公開しています。
ここでは、資料館の人が懇切丁寧に伊勢型紙について教えてくれます。「突彫」「錐(きり)彫」「道具彫」「縞(しま)彫」の4技法についてはここで教えていただきました。それぞれに違うノウハウがあります。
説明すると長いので詳しく知りたい方はこちらのページで。
資料館の一室では、若い人に技術講習も行われていました。

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次に大阪歴史博物館で開催されていた「日本のわざと美」展へ。
工芸部門の重要無形文化財の作品展なんですが、その一企画として、伊勢型紙の実演がありました。4技法それぞれの名人が並んで実演するという贅沢な企画です。
それぞれじっくりお話を伺いました。「50枚の型紙」の話もこのとき。染色職人さんの技も超人的なもので、「ぱさっと型を置いたらもう位置が合ってる。歩幅で位置を測っているらしい」とか、「彫ったときのムラを染色の時に直してしまう」とか途方もない世界です。
最近は文化財行政も、道具や材料など周辺の産業にも目が届いているらしく、漆の刷毛、濾紙、織機などの仕事を紹介するパネル展示があって面白く見られました。

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最後に京都のみやこめっせで開かれた「伊勢形紙展2006」。
こちらは伊勢型紙の明かりや額、屏風、しおり等々、伊勢型紙が主役になったアート主体の展示会でした。
表に出ていいじゃないかという考えもできますが、やはり本来、型紙は染めるためのもの。こういう展開には当事者にも複雑な思いがあるようです。
来場者に親しんでもらおうと、伊勢型紙のしおりを作る体験コーナーもありました。
古くなるほど深みを増すという柿渋の落ち着いた色合い、香りが広がっています。

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と見てきたら、私もやってみたくなってつい、「伊勢型紙体験キット」なるものを買ってしまいました(笑)
(しおりはおまけにもらったものです)
染色は大層だけど、ステンシルに使ってみようかなと思っています。

(全然、「日記」じゃないですね)

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2006年2月20日 (月)

ベルギー映画『ある子供』

原題"L'Enfant",英題"The Child"、
2005年、ベルギー=フランス、95分
監督・脚本:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
舞台・ロケ地:ベルギー・スラン
※2005年カンヌ国際映画祭 パルムドール大賞

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「ある子供」についての映画です。
と言ってしまっては全然説明になってないようで、それでもいいようなシンプルな映画です。

ベルギーの寂れた鉄鋼の街・スラン。
20歳のブリュノと18歳のソニアという若いカップル(未婚)に子供ができるのですが、盗品を売りさばいて生活する若い父親・ブリュノにリアリティはなく、子供も金になるなら換えてしまおうと考えるような始末。果たしてブリュノはまっとうな道に足を踏み出すことができるのか?という映画です。二人がじゃれ合う姿を見せることで子供が産まれる前の生活を説明する描写がうまく、変わらないブリュノと対照的に、母の自覚を持って過去の自分を脱しつつあるソニアの姿が鮮やかです。

ソニアがブリュノを探し回るオープニングに始まって、話は決してフラッシュバックすることなく、前へ前へと進んでいき、二人の関係や取り巻く人々、環境は自然に説明されていきます。
見た目のシンプルさの裏で、シナリオや撮影は相当綿密に練られているそうです。
たとえば料理でもシンプルなものほど難しいのではないでしょうか。
そんな味わいのある映画です。

この映画は梅田ガーデンシネマで観ました。
....

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2006年2月19日 (日)

みそごんぼと坂本さん

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(日記といいながら、だんだん時系列が混乱しつつあります)
先日、出張ついでに津市の下之川という集落を訪ねました。
津市といっても、市町村合併で取り込まれたのはこの1月1日から。昨年末までは美杉村という村でした。合併によって今年でとうとう三重県から村が消えてしまったそうです。

旧美杉村は名張市の山向こうなんですけれど、電車で行こうとすると一度松阪まで行ってから、JR名松線というローカル線でゴトゴト折り返さなくてはなりません。下之川に行くには、さらに美杉コミュニティバスで25分ばかり。途中、おばあさんがひとり、よいしょと乗りこんで、小さな診療所で降りていきました。あとは私だけ。

今回の寄り道の目的は、この集落にしかない料理という味噌ごんぼ(ごぼう)の製造工程を見せていただくことでした。

400年の歴史があるというこの料理は、10月から3月まで作られるのですが、中でも2月11日の仲山神社のごんぼ祭りには各集落から作り手を出して、盛大に作ります。上の写真で中央の丘が仲山神社の鎮座する森。その手前にあるその名も「ごんぼ会館」に人が集まっています。意外かもしれませんが、味噌ごんぼを作るのは基本的に男の仕事です。子孫繁栄を願ったおおらかな時代の神事で、味噌ごんぼも子孫繁栄の意味があるといいます。

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これが味噌ごんぼ。できたてでまだよく漬かってませんが。
唐辛子味と山椒味の2種類があります。

作り方は柔らかく蒸したごんぼに、唐辛子味噌や山椒味噌をまぶし、朴葉でくるみます。
昔は集落ごとに唐辛子の集落と山椒の集落があったそうです。
私は爽やかな山椒味噌の方が好みでした。唐辛子味噌もおいしいですけどね。2〜3日置くと香り高く、柔らかいごぼうに味噌がしみて、ごはんに合います。


そして下之川に行った目的はもう一つ。
坂本幸さんという方を訪ねることです。

坂本さんは、祭りとは別に、通年で味噌ごんぼを作られています。本業は農家・主婦だそうなんですが、山茶を摘んできたり、野草茶を作ったり、ゆべしを作ったり、餅を作ったり、いろんなものを考えては作っておられます。また18年間にもわたって村の古老らに話を聞いて『美杉村のはなし』『美杉村見てあるき』という2冊の本にまとめたり、紙芝居をつくって子供たちに読み聞かせたりされています。

そんな坂本さんは、鳥取県出身。高野山で精進料理を修行中、縁あって美杉村にこられたという異色の経歴です。そして、山奥ながら伊勢本街道が通り、伊勢国司・北畠氏が信長に滅ぼされるまで本拠地を置いていたという、物語の豊富なこの地に魅せられ、聞き書きを始めたそうです。のち、村を二分するゴルフ場建設問題から、環境に負荷をかけない暮らしを志向されます。

村外の仲間も多く、名張や大阪、名古屋などからもよく人が泊まりに来たりするそうです。

実際にお会いした坂本さんは優しい表情のおばさんでした。
どこにこんなバイタリティをお持ちなのだろうと思います。

そうそう。ごんぼ会館に手伝いに来ていた女性が2人おられたのですが、お一人は東京出身で、農村暮らしがしたくて全国を見て回り、ここ美杉村に決めたそうです。ほとんど自然にまかせる自然農法で野菜を作っておられるとおっしゃっていました。

私が「よそから来ている人は珍しいんでしょう」と聞くと、「いえ、大阪や名古屋から移り住んでいる人も結構いますよ」というお返事が返ってきました。
何がそこまで街の人を惹きつけるのか。ゆっくりとその理由を探してみたいなと思います。

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2006年2月14日 (火)

中国映画『単騎、千里を走る』

原題“千里走単騎”、英題“Riding Alone for Thousands of Miles”
2004年、中国=日本、108分
監督:張藝謀(ジャン・イーモウ)、降旗康男<日本パート>
舞台:中国雲南省麗江市、石頭村、日本・男鹿市、横浜市

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ローカルな映画館で映画を観るシリーズ?
今回は淡路東宝1で『単騎、千里を走る』を観てきました。
これは文化を徹底的に破壊した文化大革命後の1978年に中国で大々的に公開され、大きな影響を与えた『君よ憤怒の河を渡れ』の主演・高倉健に惚れ込んだ監督・ジャン・イーモウが、高倉健のために作った映画です。そして意図はもう一つ。それは後で書きましょう。

高倉健は、かつての確執から互いに会うこともなくなった息子が重い病気になったと聞き、会いに行きますが会ってもらえません。民俗学者である息子が、ある名人の仮面劇を撮影しようとして未だ果たしていないと知り、今更ながら息子の心に触れたいと、ひとり雲南省に撮影に向かうという話です。この映画は「仮面劇」というのが象徴的な意味を持ちます。

道中を助けてくれるのは日本語の拙い通訳。ただ撮影するだけだから簡単かというと、これを解決するためには別な問題を解決しなければならない、とどんどん奥地へ、深みへと向かうことになります。
ついにはトラクターでしか行けないような奥地、石頭村(石頭は中国語で「石」です。石村)へ。
そこで孤独だった高倉健と素朴な村人が心を通わせることになります。

この映画、高倉健への思いは溢れるほどで、彼らしさを十分に尊重しています。
また、最初は日本パートから始まるのですが、あれ、随分日本的な画面だなと思っていたら、日本の降旗監督ら全て日本スタッフによるものだとか。これもジャン・イーモウ監督の希望だそうです。

日本人と中国人が互いに反発を強め合うこの頃、とくにネット上ではそれぞれで激しい言葉が飛び交っています。それに対して、この映画に登場する中国人は寛容で、‘情’を重んじ、旅人のために便宜を図りますし、日本人高倉健も思いやりをもって中国人に接します。ここにジャン・イーモウ監督の今の中国人に向けた痛切なメッセージを感じます。「本当は、みなさん中国人はもっと‘情’を重んじ、互いを尊重する人たちではないのか」と。

ちょうど『中国が「反日」を捨てる日』を読んでいたこともあり(今の反日の背景を知りたい方、ぜひ読んでください)、今の互いの状況に思い至って仕方ありませんでした。公式HPには監督から、パンフにも載っていないメッセージがあります。ぜひご覧ください。(オープニングをスキップしないでくださいね)
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さて、淡路東宝1は、淡路駅の西側に続く商店街のアーケードにあります。淡路は下町の雰囲気が残る街で、商店街も人通りが絶えません。面白いのが、映画館の待合室から商店街が見下ろせること。この淡路という街の雰囲気が味わえるよい設計だと思います。映画館自体も大きく、観客も少ないので(それは善し悪しですが)、ゆったり観ることができました。ちょっとレトロな雰囲気の映画を観るにはぴったりのロケーションじゃないでしょうか。
ちなみにラガールカードを提示すると割引があります。
....

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2006年2月 6日 (月)

大将軍神社

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私は神社が好きです。
といっても宗教心からではなくて、その雰囲気が好きなんです。
とくに好きなのは、太古の自然崇拝にはじまって、ずーっと拝まれてきたような神社、たとえば山であったり、岩であったり、湧水であったり、そういう対象への崇拝から始まっている神社です。京都でいうと上賀茂神社、下鴨神社など。
その場に立つと特別な気配を感じます。

その次には、どこかクセのある神社が好きです。
この大将軍神社を私はクセのある神社と思っているんですが、それは失礼でしょうか。
桓武天皇が都を平安京に遷都したとき、都の守護として、四方に天王、四隅に大将軍を祀ったうちの、東南隅に計画的に置かれた神社です。陰陽道の影響を受けているとか(大将軍は人間ではなく、金星の神)。とくに重要な場所だったそうで、藤原兼家の邸があったそうです。その名残として、境内に東三条社がまつられています。

場所は京阪三条から東に少し歩いたところで、敷地は大きくないものの、上の写真にあるように檜皮葺の拝殿(舞台みたいですね)、本殿脇には立派なイチョウ、絵馬殿、神馬殿、山車倉庫?など多くのものがあります。

国立近代美術館へはいつも京阪三条から歩くのですが、大将軍神社に寄ったのは初めてでした。帰りでしたので、既に夕暮れです。昔はこんな時間には怖かったでしょうね。

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こちらが、東三条社。
神社好きの人にはいろいろあって、社殿に興味を持つ人、狛犬の写真を撮る人、祭りが好きな人、古代史に思いをはせる人等々おられるのですが、私は敷地にある摂社・末社(本殿の右や左、後ろなどに小さなお社がありますね? あれです)や誰それの腰掛け石などが、その時々の人たちの思いが伝わってくるようで好きです。

学問を究めたいとか(天神社)、豊作になってほしいとか(稲荷社)、稼ぎたいとか(戎社)、雨が降ってほしいとか(白龍社)、火事は困るだとか(秋葉社)、雷はいやだとか(愛宕社)・・・

東三条社は天満宮になっています。小さいながら、檜皮葺です。
帰ろうとして、ふと一枚の張り紙に目が止まりました。
「拝殿と東三条社の檜皮の傷みがはげしいので、3月10日から銅板に葺き替える工事に入ります」と。
檜皮を維持するにはお金がかかりすぎるので、やむを得ません。
記念に数枚余分に写真を撮っておきました。

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この大将軍神社は京都だけにあるのではありません。大阪にもあります。(奈良にもあるそうです)
実は、大阪天満宮の中に大将軍社があって、長柄豊碕宮(652年〜)の鎮護に置かれたと言われますから、菅原道真よりも前です。この神社の森が南森町の語源なんだそうです。のちに本殿を天神さんに譲った格好になります。

大阪天満宮には星にちなんだ池がありますが、そんな話までしだすと収拾がつきませんので、今回はやめておきます。
こんな風にいろいろと面白い話に出会えるのも、神社を訪ねる楽しみになっています。

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2006年2月 4日 (土)

まっすぐ向かいあう

このところ話題が映画に偏ってますのでちょっと傾向を変えて・・・

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冷え込み厳しい土曜日、京都国立近代美術館に、写真展「ドイツ写真の現在 ーかわりゆく「現実」と向かいあうために」(開催は2月12日(日)まで)を見に行きました。(リンク先は東京展です。京都ではアウグスト・ザンダー展はありません)

作品数こそ少ないですが、満足感の高い展示でした。
通常感じるドイツイメージそのままに、対象にまっすぐ向きあう、まじめな姿勢を感じます。良くも悪くも無表情で(「良くも」の方は威厳など)、表現に強さがあります。あまりあいまいさがないのですよ。

○ベッヒャー夫妻(Becher)は、産業の街や産業施設の写真。とくに産業施設の写真は、タンクや砂利倉庫などをまっすぐ撮ってます。まっすぐ撮っているから、似たものを比較できるのですよね。

○アンドレアス・グルスキー(Andreas Gursky)は、圧倒的な現代社会のパノラマ。無数の人とPCが並ぶ、大画面の香港証券取引所はとくに迫力があり、この写真が一番気に入りました。茨木の写真はサービス?

○トーマス・デマンド(Thomas Demand)は、様々な事件現場を原寸大ペーパークラフトで再現。全くひとけがないので、不思議な存在感です。実際の事件写真を見たことがあれば、既視感との間で何かの反応が起こるんでしょうね。

○リカルダ・ロッガン(Ricarda Roggan)は、廃墟から持ち出された家具を白い無機質な部屋に並べて撮影。亡霊のよう。

○ロレッタ・ルックス(Loretta Lux)は、子供に用意した衣装を着せて撮影し、背景と合成。ファンタジックながら、蝋人形のような不気味さが漂います。

 ・・・などなど10人の作品が出展されていました。
 私の好みでは、ベッヒャー夫妻とアンドレアス・グルスキーです。
 
 京都国立近代美術館にいらっしゃるときには、時間の許す限り常設展もご覧になってください。単に企画展入場者には無料だからというだけでなく、「常設」ではないんです。必ずと言っていいほど、企画展に連動した作品展示を加味しています。今回ももちろんありました。トマス・シュトゥルートの美術館の写真は、絵の中の人々と眺める人々が、色彩的にも渾然一体となって感動を覚える場面になっています。

さらに、今回初めての企画として、「Uniformed Museum Staffs」と題し、京都造形芸大の学生が看視スタッフ(そういう名称なんですね。初めて知りました。椅子に座ってて、「その線から近づかないでください」というあの方々です)用にユニフォームを用意していました。
白黒の平面的なユニフォームで、写真からインスピレーションを得ているようです。
言われてみればもっともなことで、展示室の演出に凝るなら、看視スタッフもその一部なのはたしか。見に行く方も展示に合わせた服装が望ましい?

エレベーターや階段にメッセージを表示したりもしていましたし、京都国立近代美術館はやるやんと感心しました。
繰り返しますが、2月12日(日)まで開催です。気になった方はぜひ。

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