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2005年12月 4日 (日)

中国映画『世界』

1204shijie

92年2月。私は半年間の中国滞在を締めくくる中国南部への旅行に出ていました。
その旅も終盤、福建省の田舎町に泊まり、期待通りに古い町に出会えて喜んでいた私に、福建省出身のお茶売りの青年は言いました。「こんなところに来てどうするの? もっと面白い所に行けばいいのに」「面白い所って?」「深せんとか」
当時、広東省の深せんには中国の名所を集めたテーマパークが出来ていました。
そのときは(そんな作りもの見たってしゃあないやん)と思っただけでしたが、これが中国の地方に住む人たちの普通の感覚なのでしょう。
その2年後、中国映画『世界』の撮影に一部使われているテーマパーク『世界之窓』がオープンします。
中国の人たちの目が、中国から世界へと広がっていたわけです。

前置きが長くなりました。久しぶりに梅田茶屋町のテアトル梅田でジャ・ジャンクー監督作品『世界』を観てきました、というご報告です。茶屋町自体も久しぶりだったので、nu茶屋町をのぞいたりも、ついでに。
テアトル梅田は混むことが多いので、念のため早めに行きましたが、別にそんな必要もなく、半分以下の入りでした。今時、中国映画は流行らないんでしょうか。かといって、結論から言うと、この映画を勧めるかというと、万人には勧めにくい。『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』とは別の意味で。でもこの人に、という人には勧めたい映画です。

ジャ・ジャンクーはこれまで一貫して山西省の田舎町で取り残されて焦っている青年を描いてきました。
それは日本で伝えられる中国の輝かしい成功物語でも、悲惨さでもありません。もっと共有できるレベルの痛み、焦りです。

それが今回の舞台は大都市・北京。しかし、監督のスタンスは変わっていません。解説を読むと、この映画はどんどん人が出ていって孤独を感じている故郷の従兄弟のために、北京(都会)がどんなところかを説明するつもりで撮った映画だそうです。だから、物語はまだ山西省とつながっています。登場人物は多くが山西省人なんです。加えて、温州人(浙江省の出稼ぎ・商売で有名な町の人たち。フランスに出国する人も多い)やロシア人も登場する一方、北京人は重要な役どころでは出てきません。世界中に人が出稼ぎに出る中国に、ロシア人は出稼ぎにやってきています。そういう意味で中国の田舎と位置的には同じ。

今回の映画は北京の『世界公園』という1/10スケールの世界の名所が集まるテーマパークが舞台になっていて、そこで働くダンサーと警備員、周辺の建設現場で働く人たちが主な登場人物です。年齢的には20代で、結婚も考えようかという年頃。でも置かれている状況は不安定で、一見、あらゆる可能性があり、世界が近いようでいて、現実はたびたび画面に出てくる通路のように狭い世界です。

ジャ・ジャンクーの描く北京は希望に満ちたものではありません。
でも「一瞬の夢」かもしれないけれど、恋人同士や仲間同士の気持ちが通じ合い、輝く瞬間瞬間もちゃんと描いています。甘くはない代わりに、暖かみの感じられる視線です。
主人公であるダンサー・タオの恋人であるタイシェンはだらしないところもあるけど、仲間思いのいいところがあるように、あまり人間的にできた人っていうのは出てきませんが、弱い人が多くて、悪い人は少ない。ロシア人ダンサーと言葉が通じなくてずれながらも、肝心のところは通じ合っている交流の描き方など、機微の描き方が繊細といえるでしょう。

この映画に出てくる人たちは国際空港にも近い、「世界」のテーマパークの周辺に働きながら、狭いところに押し込められ、ほとんど世界との接触はありません。しかし、その彼らの抱える悩みや焦りは、確実に世界の都市に住む若者の気持ちにつながっています。彼らは気づけないけれども。

この映画は、ある意味、台湾映画の描く世界に近いような気がします。
台湾映画好きには勧めていいかなと思います。音楽が林強ですしね。
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コメント

ジャ・ジャンクーは、観る者を選びますよね。
蔡明亮に、似てる気もするのですが、蔡明亮監督の映画は、観たあとで、(不可解ながらも)温かい気持ちになるのに反して、ジャ・ジャンクーの映画は、心に澱がたまってしまう感覚があります。(私にはね。)
でも、決して不快ではなく、難しい問題を偶然に解けた後のようなラッキーな爽快感も感じてしまう。
林強とは、嬉しいです。ぜひ観に行きたいです。

投稿: ふぁ | 2005年12月 5日 (月) 11:39

蔡明亮とは似てるところありますね。
とくに今回は北京ですから、蔡明亮の台北とトーンが近い。唐突に現実から飛躍するところも似てきたような。
ジャ・ジャンクーを観た後に澱がたまってしまうのは静かな怒りがあるからでしょうか。
蔡明亮は街の人間を注意深く観察して、その気持ちに迫っている感じがします。
ゲイの要素があるのも違いますね。

投稿: びんみん | 2005年12月 5日 (月) 20:21

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