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2005年12月

2005年12月31日 (土)

年の終わりに

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大晦日なので、今年のこのブログを振り返ってみます。
9月に始まったこのブログは、これで3ヵ月余り。
でも実はブログを設定したのは、今年の元旦なんです。
今年こそブログを(HPでもいいけど)、と決心してその場で登録したので。
始めてしまえば何とかなるもんです。

もう少しだけ更新頻度が多い方がいいのでしょうか。
無理せず続ける方針なので、こんなものかなとも思います。
最初に予定したより、映画の話題が多くなりました。
書く話題はたくさんあったのですが、書く時間がなかった話題もいくつか。

マイペースなブログで、ほとんど呼び込みもしてませんが、見に来ていただいた皆さん、コメントやトラックバックしてくださった皆さん(TBは一人だけか(笑))、ありがとうございました。
来年のこと書いてしまうと、明日書くことがなくなるので、ここまで。

上の写真は大晦日の土佐堀通り(天神橋付近)です。
このあたりは完全なオフィス街なので、こんな感じです。

それでは、皆さま、良いお年を!

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2005年12月20日 (火)

台湾映画『僕の恋、彼の秘密』

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“17歳的天空”(17歳の空)、2004年、台湾、93分
監督:DJチェン

この映画の感想は、書こうか書くまいか迷いました。
が、やはり書くことにします。

私はどこの映画が好きと聞かれると、台湾!と迷わず答える台湾映画好きです。
それは三番街シネマで侯孝賢の『冬冬の夏休み』を観たのが、劇場で映画を観るようになったり、アジア映画好きになったきっかけだということもありますし、その後も、楊徳昌(エドワード・ヤン)や陳玉勲作品など、とてもいい映画に出会えたことがあります。情感のいい映画が多いんです。

しかし、台湾映画は台湾で人気がないらしく、今ではほとんど映画が撮られていないようで、日本公開となるとさらに少なくなります。年に数えるほど。なので、台湾映画好きとしては、とにかく来るものを拒まずで観ることになります。

いつもながら前置きが長くてすみません。
だから、『僕の恋、彼の秘密』も絶対見逃さないつもりで観にいきました。上映館は梅田ガーデンシネマ。

話としてはシンプルなゲイのラブコメディです。田舎のウブな青年が都会の台北に出てきて恋をする。
いくらゲイ映画でもここまでゲイ(しかも男だけ)しか出ないのは珍しいのではないかと思う徹底ぶり。
誤解なきように書いておくと、私はゲイ平気ですので、それが嫌なわけではありません。自分は違うけど。
筋が恥ずかしくなるぐらいシンプルなんですよ。タイトルにある「彼の秘密」というのに納得がいかないのも一因。結構、テンポはいいんですけどね。朱延平(チュー・イェンピン)みたいといえば、分かる人には分かるでしょうか。(誰でも分かるたとえじゃなくてすみません)アイドル映画として鑑賞すべきなんでしょうかね。
・・・でも、出てくる登場人物のうきうきしてる雰囲気がよいのでよしとします。

(一つ気になったんですが、失恋を嘔吐で表現するのは台湾文化なんでしょうか。)

以下、長い余談ですので、お好みで。

この映画のかかっていた梅田ガーデンシネマ(とシネリーブル梅田)は、梅田スカイビルにあって、3つの理由で好きな映画館です。
1.梅田から長いトンネルがあって、現実の世界と映画の世界にワンクッション置いてくれる(余韻にひたれる)
2.映画館の待合いからの眺めがよい(梅田貨物駅が目の前に広がります。いつまでかな)

そして
3.梅田スカイビルの広場でよくイベントをやっている。

ちょうど、このクリスマス前の時期は、毎年ドイツ・クリスマス・マーケットをやっていて、ドイツの屋台が並びます。まして今年は日本におけるドイツ年。この寒いのに結構賑わってました。
映画前や後に買い食いするのが、プラスアルファの楽しみです。

今回は、においにひかれて、砂糖がけアーモンド(とカシューナッツ)を買って帰りました。ドイツのおじさんが屋台の大鍋でこのお菓子を作ってます。棒で混ぜるたびにアーモンドにバニラ・カラメルとシナモンが焦げた甘〜い香りが漂っていて、ドイツの子供ならいてもたってもいられない気分になるやろなあと思ってしまいました。大人でも顔がほころびますよ。

↓このお菓子については、こちらの方が紹介されてました。
http://www.geocities.jp/deutschebaeckerin/KondiDE/
GebrannteMandeln.html

おいしそうでしょう?

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2005年12月19日 (月)

日本映画『下妻物語』

“下妻物語”、2004年、日本、102分、監督:中島哲也

公開時にも少し観ようかなと思いながら、ポスターだけで(少女漫画原作は・・・)と思って見送った『下妻物語』(実際の原作は小説なんですけどね)。映画仲間のお勧めもあって、CS放映されたのを見ました。
皆さん、これはとっても面白い映画です! とりあえず香港映画好きに勧めますが(笑)

簡単に言ってしまえば、茨城県下妻市を舞台にしたロリータ少女(深田恭子)とヤンキー少女(土屋アンナ)の友情物語です。
それだけ聞けば、 ヤンキー少女が話を引っ張るのかなと思いますが、さにあらず。
ロリータ少女は実に達観していて、根性が据わっているんです。経済的には自立してないけれど、精神的には自立していて、とても強い。ヤンキー少女も弱くはないんですが、ロリータ少女のすごい部分(根性や刺繍の腕)を認めています。認める素直さが彼女の取り柄。その友情もありがちなものではなくて、見た目には互いに好き勝手言ってるんですけどね。でも互いに必要としている。

基本の話はそれとして、展開されるのは、はちゃめちゃなストーリー。
CM出身の監督だからでしょうか、実にバランス感覚が良くて、あちこちで脱線して笑いを取りながら、すっと本筋に戻る鮮やかさ。映像的にもフィルターをかけたり、CG、アニメ、CM風、再現映像、ドキュメンタリータッチのざらざら映像まで、音楽はロックからクラシックまで、みごとにミックスさせてます。セットの作り込み方もたいしたもの。楽しんでもらおうというサービス精神が過剰なくらいに旺盛です(ここが香港映画好きに勧める理由)。陳腐な表現とは対極なんですよ。
俳優陣も舞台俳優ら個性的な面々が集まっていて、さりげなく、でもしっかりアピールしています。

ロココなんだというロリータ・スタイル(生き方、ファッション)とヤンキー・スタイルの対比、舞台になる下妻、代官山、尼崎の対比、下妻にとどまらず日本の地方を象徴する、水田、ジャスコ、パチンコ店の3点セット(ついでにシュールな牛久大仏)といった舞台設定の鮮やかさは原作者によるものでしょう。これもみごとに映像化されています。

この映画は、ポスターを見ただけで「やめとこ」と思ったり、笑いの品に眉をひそめる人も少なからずおられると思います。でもちょっとでも興味を持ったらぜひ80分間だけ価値観を空にして、ご覧になってみてください。
見終えて、見た目で判断してはいけないんだ、と思う方が出てこられればうれしいです。 <追記>『下妻物語』の公式HP http://www.shimotsuma-movie.jp/ は非常に充実しています。「映画を観た後に」ぜひご覧ください。 .....

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2005年12月18日 (日)

ある住宅ギャラリー

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私がいつも使う最寄り駅の前にさりげないギャラリーがあります。
上の写真を見ての通り、一見普通の家です。いえ実際、建物は普通の家です。
昨年の11月からギャラリーをされてて、私は3月に初めてお邪魔しました。家からそう遠くない工房の木工作家さんが個展をされるということで。
しかし、ここでギャラリーをやっていくのは厳しいそうで、今年いっぱいでギャラリーを閉じられることになったそうです。

今、この駅前は長年止まったままだった再開発計画が動き出し、急速に相貌を変えつつあります。宿場町の面影が残る通りも、熱にあおられるように、ぽつぽつと建て替えが進んでいます。
今は駅前再開発ビルが建った段階で、駅舎の拡張と駅前広場の工事はまだ進行中ですから、新しい街も形が見えてきたばかり。そんな街の色合いの一部になるのかなと思っていたギャラリーが早くも閉じられるのは寂しく思います。

とはいえ、こちらのオーナーさんは丘の上にお住まいで、そちらの一室を開放してもいいかな、そちらの方が雰囲気に合うかも、ともおっしゃっていました。
先日来、空き地の目立ってきた新興住宅地(自分の住む街)を帰宅がてら歩いているのですが、意外と家で教室、骨董屋さんなどされているところがあります。
そちらで色を加えてもらえれば。

いましばらくは案内のはがきを待つことにします。

記念にガラスの皿を買って帰りました。
吉田泰子さんという方のガラスで、この写真では分かりにくいかもしれませんが、みなぞこからやわらかい清水が湧いてくる様子が、ガラスの気泡と銀箔で表現されています。
夏のお茶菓子に使うとしましょう。

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2005年12月13日 (火)

遠出気分の亀岡

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先日、お誘いを受けて、亀岡のまちあるきに参加しました。
大学時代、亀岡から通っていた人はいたけど、私がたずねるのは初めてのこと。

それは秋も深まった日曜、JRの「嵐山もみじ号」に乗って私たちは出かけました。(大阪から乗れば、亀岡まで乗り換えなしに行ける便利な電車なんです。)
列車名の通り、嵐山に行くために乗り込む人が多く、この日は肌寒い日でしたが、京都で列車はラッシュのような人混みになりました。(良かった。大阪から座ってて)

嵐山までは家が建て込んでいます。嵐山で大勢の乗客を降ろすと、列車は保津峡へ。寒いながらも晴れ間が見えます。ここでトロッコ列車に乗るのか、山に登るのか、さらに人が降ります。

そして保津峡を抜ければ、そこは亀岡の盆地。
その瞬間は劇的でした。
山裾には霧、見渡すかぎり水田が広がるばかりで、京都から30分の割に随分遠くまで来てしまった気分になります。
駅のたたずまいも旅情を感じさせます。
そんな旅行気分を話したくて、到着までの長々した説明にお付き合いいただきました。ようやく到着です。

冒頭の写真の説明がまだでした。
この写真は亀岡にある古世親水公園の洗い場(現役!)です。
左が野菜用で、右は洗濯用だとか。のぞき込むと小魚がたくさんいるんですよ。手を浸すと暖かい水です。これなら冬の洗濯物にありがたいでしょう。

亀岡というのは水の豊かな所らしく(豊かすぎて一部は湿地だったとか)、街中にこんな湧水があります。そう湧水なんです。私は越前大野でしか、このような洗い場を見たことがありませんが、地元の人には珍しくないらしく、「え、よそにはないんですか?」という反応でした。ちなみに亀岡では地元出身者を“地亀”、よそから来た人を“他亀”と呼ぶと教えてもらいました。ジガメとタガメ、響きも面白いですね。
この湧水は外堀の一部でもあります。幅こそそれほどではないですが、亀岡は三重に堀に囲まれていたようです。


1120shoyuもう一つ、水の豊かさを示しているのが醤油屋さん。この醤油屋さんは、さきほどの洗い場のすぐ近くにあって、江戸時代から醤油を作り続けています。樽などまだ江戸時代の大きな樽が現役。醤油もひしおと呼んでいます。
店のご主人は「亀岡の醤油は“京出しの醤油”というんです」と誇らしげに説明してくださいました。
見せていただいた蔵の中はもともと醤油の甘いにおいが漂っているのですが、試しに栓をひねって醤油を出していただくといっそう濃い醤油の香りが立ち上ります。

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水がいいので、造り酒屋もあります。かなり大きな酒屋さんですね。

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亀岡の町を歩いていると家の表にちまきと輪が飾ってあります。
それぞれ別の神社から配られるそうで、珍しいなあと感心していると「京都でもそうですよ」と言われたんですが、そうなんでしょうか。あまり記憶にないのですが。
ちまきは有効期間1年、輪は半年とのことでした。


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また、歩いていて思ったのは、城下町の割に道がまっすぐ。
突抜町という町名があるんですが、突抜町以外の町もみな突き抜けているように見えました。
見通しがきくので、車がけっこう飛ばしています。
(余談になりますが、亀岡には市営の自動車学校があるんですね。そういうものがあるとは初めて知りました。)

書き切れませんが、ほかにもいろいろ面白い発見がありました。今回歩いたのはほんの一部なので、まだまだあるはず。
亀岡、近い割に遠出した気分になれる町です。

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2005年12月12日 (月)

迷う楽しさ泉佐野

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泉佐野の町ってどんなイメージがありますか?
関空でしょうか? 岸和田、貝塚などと同じようなイメージ?

私も今年になって初めて知ったのですが、泉佐野には江戸時代以来の古い町が残っています。
いま、この町を売り出そうと取り組みが始まっているところ。
自分はそれに関わっている訳ではないのですが、売り出そうとしておられる方々の案内を受けたり、イベントに出かけたり、今年は計3回この町を訪ねました。

いろんな町を見てきて思うのは、古い町といってもいろいろあること。
昔、栄えていて、何らかの事情で取り残された町に見て面白いものが多いように思います。
それは北前船の寄港地であったり、宿場町であったり、鉱山町であったり。

泉佐野はそんな繁栄を極めた町です。
江戸時代、廻船の拠点や綿の肥料になる干鰯の漁港として繁栄した泉佐野。明治になってからも紡績工場などが建ちました。
でも今は静かな町です。
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漁村を核に、自然に成長していったという泉佐野の町場は、路地が複雑に入りくんでいて、迷路のようです。
道を歩いていると景色がくるくると変わって、さまよう楽しさを感じます。

昔この町が繁栄していたんだなと感じるのは、ディテールを見ているときです。

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例えば、この石垣。これはお寺の石垣ですが、パズルのようにきっちり組んであります。
(どうして最初から四角い石を使わないのかという疑問もありますが)
こんなきっちりした石垣があちこちにあって、昨年の台風で崩れたという蔵も土台の石垣はそのまま残っていました。
きっちり組んだ石垣、杉焼き板の黒壁、そして妻入りの正面から横に張り出す角屋(つのや)と呼ばれる建て方が特色のようです。洋風に白いペンキの下見板張りの家もあります。

佐野町場は南海本線の泉佐野駅から海に向かって(西に)下っていった先にあり、かなり面積もありますが、空き地が増えつつあり、またこれから観光地化されるかもしれませんので、手つかずの町を歩くなら今のうちです。
今のところ、新川家住宅というのが、資料館として開放されています。
機会ありましたら、出かけてみてはいかがでしょうか?

泉佐野の町歩きについては、こちらのホームページをご覧ください。マップをダウンロードできます。
http://www.izumisano-kite.net/machiba/

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2005年12月10日 (土)

型紙の町・白子

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白子という町をご存じでしょうか?
行政区で言うと三重県鈴鹿市白子。鈴鹿という地名は山をイメージさせるのではないかと思いますが、鈴鹿には海もあります。東海道から伊勢湾のゆるやかな海岸沿いに南下して、津、松阪、そして伊勢に向かう街道が通る宿場町です。
今でもこのような古い町が残っています。

出張の途中で一泊する必要があり、この町に泊まりました。
(泊まったのは普通のビジネスホテルですけどね。1kmほど離れて平行して走る国道沿いには典型的な郊外ロードサイドの町ができあがっています。ホテルも国道沿い。) 12時に白子の駅で拾ってもらうことになっていて、待ち合わせの時間までしばし町を散歩しました。

1111sirokomatsu昔の幹線だけあって、このような立派な松並木が残っています。風のせいか陸側に傾いでいる松。

このあたりは江戸時代、紀州徳川藩の飛び地で、ここから江戸に向けて木綿が出荷されていたそうです。(ちなみに松阪も紀州藩)尾張藩はもうすぐそこ。
わざわざこんなところまで領地を持っていたのはよほど重要な港だったのでしょう。
ロシアに漂流した大黒屋光太夫が江戸に向けて出航したのが、この港なのだそうです。光太夫の出身地は隣町(鈴鹿市内)で、つい最近、大黒屋光太夫記念館がオープンしたそうです。私が行ったときはその直前でしたので、残念ながら入ることはできずじまい。

このあたり、砂浜の海岸が延々と続いています。天気も悪くて寂しげですね。

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もう一つ、この町には特産品があって、それは「伊勢型紙」。友禅やゆかたなどを染めるときの型だそうです。全国生産の99%と言いますから、ほぼ独占です。町には昔の町家を使った「伊勢型紙資料館」というのもあるのですが、あいにく休館日でした。以前、堺の浴衣屋さんで見せてもらった型紙を思い起こすと、網に黒い切り絵が貼ってあるようで、しっかりしたものだったと覚えています。

「伊勢型紙」は紀州徳川藩の保護を受けて発展したといいます。一緒に売り歩いたという「鈴鹿墨」も奈良に次ぐ生産だそうです。表向き静かな町からは想像しにくいですが。 今回、私が歩いた範囲では、モダンなお風呂屋さんや町家の「こて絵」飾りにデザイン性が感じられ、もう少し確かめてみたい気がしました。 また改めて、この町を訪ねてみたいと思います。

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2005年12月 4日 (日)

中国映画『世界』

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92年2月。私は半年間の中国滞在を締めくくる中国南部への旅行に出ていました。
その旅も終盤、福建省の田舎町に泊まり、期待通りに古い町に出会えて喜んでいた私に、福建省出身のお茶売りの青年は言いました。「こんなところに来てどうするの? もっと面白い所に行けばいいのに」「面白い所って?」「深せんとか」
当時、広東省の深せんには中国の名所を集めたテーマパークが出来ていました。
そのときは(そんな作りもの見たってしゃあないやん)と思っただけでしたが、これが中国の地方に住む人たちの普通の感覚なのでしょう。
その2年後、中国映画『世界』の撮影に一部使われているテーマパーク『世界之窓』がオープンします。
中国の人たちの目が、中国から世界へと広がっていたわけです。

前置きが長くなりました。久しぶりに梅田茶屋町のテアトル梅田でジャ・ジャンクー監督作品『世界』を観てきました、というご報告です。茶屋町自体も久しぶりだったので、nu茶屋町をのぞいたりも、ついでに。
テアトル梅田は混むことが多いので、念のため早めに行きましたが、別にそんな必要もなく、半分以下の入りでした。今時、中国映画は流行らないんでしょうか。かといって、結論から言うと、この映画を勧めるかというと、万人には勧めにくい。『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』とは別の意味で。でもこの人に、という人には勧めたい映画です。

ジャ・ジャンクーはこれまで一貫して山西省の田舎町で取り残されて焦っている青年を描いてきました。
それは日本で伝えられる中国の輝かしい成功物語でも、悲惨さでもありません。もっと共有できるレベルの痛み、焦りです。

それが今回の舞台は大都市・北京。しかし、監督のスタンスは変わっていません。解説を読むと、この映画はどんどん人が出ていって孤独を感じている故郷の従兄弟のために、北京(都会)がどんなところかを説明するつもりで撮った映画だそうです。だから、物語はまだ山西省とつながっています。登場人物は多くが山西省人なんです。加えて、温州人(浙江省の出稼ぎ・商売で有名な町の人たち。フランスに出国する人も多い)やロシア人も登場する一方、北京人は重要な役どころでは出てきません。世界中に人が出稼ぎに出る中国に、ロシア人は出稼ぎにやってきています。そういう意味で中国の田舎と位置的には同じ。

今回の映画は北京の『世界公園』という1/10スケールの世界の名所が集まるテーマパークが舞台になっていて、そこで働くダンサーと警備員、周辺の建設現場で働く人たちが主な登場人物です。年齢的には20代で、結婚も考えようかという年頃。でも置かれている状況は不安定で、一見、あらゆる可能性があり、世界が近いようでいて、現実はたびたび画面に出てくる通路のように狭い世界です。

ジャ・ジャンクーの描く北京は希望に満ちたものではありません。
でも「一瞬の夢」かもしれないけれど、恋人同士や仲間同士の気持ちが通じ合い、輝く瞬間瞬間もちゃんと描いています。甘くはない代わりに、暖かみの感じられる視線です。
主人公であるダンサー・タオの恋人であるタイシェンはだらしないところもあるけど、仲間思いのいいところがあるように、あまり人間的にできた人っていうのは出てきませんが、弱い人が多くて、悪い人は少ない。ロシア人ダンサーと言葉が通じなくてずれながらも、肝心のところは通じ合っている交流の描き方など、機微の描き方が繊細といえるでしょう。

この映画に出てくる人たちは国際空港にも近い、「世界」のテーマパークの周辺に働きながら、狭いところに押し込められ、ほとんど世界との接触はありません。しかし、その彼らの抱える悩みや焦りは、確実に世界の都市に住む若者の気持ちにつながっています。彼らは気づけないけれども。

この映画は、ある意味、台湾映画の描く世界に近いような気がします。
台湾映画好きには勧めていいかなと思います。音楽が林強ですしね。
....

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2005年12月 3日 (土)

またしても最後に・・・

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セレッソ大阪の今季最終戦・FC東京戦を長居スタジアムに見に行ってきました。
ただの最終戦ではなく、優勝のかかった大事な試合。
試合経過がどうなったかは、皆さんご存じの通り。残り5分で追いつかれて2−2のドロー。優勝を逃しました。

注目試合だけに4万3千人あまりが入ったのですが、雰囲気としてはそんなに悲壮感はありませんでした。
出遅れたので、まさか残り1試合でトップに立つ=優勝に一番近い位置につけるとは、というのがもともとあったかもしれません。それは良かったのか、悪かったのか。

同点にされたときはさすがに呆然。
その瞬間、まだ時間が残っているのに選手がへたりこんでしまって、ボールを持ってセンターサークルに走るファビーニョについていかなかったのが少し残念でしたが、選手はシーズンを通して見て、またこの試合も、よく我慢して走り回ってくれたと思います。
天皇杯も含めて、これで5度目の決戦敗退。でもあまりとらわれないように期待します。

さあ次は得意の天皇杯。

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<みんなが帰ったあとの長居のシート>

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