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2005年9月10日 (土)

熊野古道と茶粥の旅(1)

benkei
紀伊田辺のおばあちゃんの家に泊まると、朝にはよくサツマイモ入りの茶粥を作ってくれました。白いごはんがあっても、物珍しいものでいつも茶粥を選んでいました。

茶粥は和歌山の番茶を煮出して作ることを知ったのはずっと後のことです。

Tさんから「「熊野古道と茶粥の旅」があるんだけど参加しない?」というお誘いの電話があったとき、頭に浮かんだのは今まで食べてた茶粥のこと。あの茶粥の番茶がどうやってできるのか興味があるところです。熊野古道にも関心がありながら、まだ歩いたことがありません。
全行程2泊3日のところ、仕事に差し障らない1泊2日でどう?ということで旅行に参加することになりました。
それが今回の旅行です。

南紀・田辺は白浜の隣町。城下町で港町です。
私にとっては夏休みに必ず出かける町でした。
今もおばさんが2人住んでいます。

特急スーパーくろしおから降りて、田辺の駅を出ると空は夏空。残暑も大阪の5割増し。

メンバーは東京からのお茶好きの方、そして私と同じくTさんに誘われた大阪のお茶好きの20名ほどでした。そして地元の方々。レンタルのバスで案内していただきます。

向かった先は市内兎我野の自然蛍の里公園です。
名前からてっきり市の整備した公園かと思ったのですが、手作りの公園でした。
そばを川が流れ、蛍を眺めながら(今は季節ではありませんが)お茶もできれば、茶室でゆっくりもできます。

chagayu
外でゆっくりお話を伺ううちに、茶粥が煮えて、いただくことになりました。
(昔、食べたのより上品)
茶粥もさることながら、梅干しがいいんです。とても爽やかな梅干し。そういえば、道すがら、至る所で山吹色の梅を干していました。後で聞いた話では、梅は一度塩漬けにしたあと、盆明けのこの時期に天日に干すんだそうです。そして再び漬け込まれます。
爽やかなのはそのせい。この時期だけの味です。
煮干しもいい味でした。
(夕食が・・・)と頭の片隅で思いつつ、3杯ぐらいお代わりしたでしょうか。

食べ終わっても、近くのおうちにおじゃましたり、経営されてる骨董カフェ(!)を覗いたり、ゆったりゆったり。

夜は同じくおじさんの所有になるカラオケルームに泊めていただいて、今度は秘蔵の梅酒をいただきながら、夜を更かしました。
土地のものをいただきながら、ゆっくりお話をうかがう、いつになくぜいたくな時間でした。

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日常旅行(和歌山)」カテゴリの記事

コメント

めちゃくちゃ 前の記事にコメントしてすみません(笑)実は、私の実家は田辺です。今は
大阪在住ですが・・・
小さい時から夏休みに田辺に行かれてるみたい
ですから、もしかして すれ違ってたかも知れませんね。田辺駅前の海蔵寺通りという細い道が、この程拡張工事がなされ 供用されたようです。今年度も駅前の小規模な再開発が、計画
されています。商店街の衰退からすれば、10年以上遅かった気がしますが・・・

投稿: なおき | 2010年4月14日 (水) 14:22

なおきさん、こんばんは。
古い記事へのコメントもどうぞどうぞ。
ご実家が田辺でしたか。
たしかにすれ違ってたかもしれません。
海蔵寺通り、趣きのある通りだったような記憶があります。
田辺は全体に道が狭いですよね。

投稿: びんみん | 2010年4月15日 (木) 00:23

初めまして、熊野古道案内の管理人をしています。熊野古道関係のサイトをしていますので、よろしければ、お越しください。

投稿: 熊野古道の案内人 | 2012年4月 9日 (月) 22:02

熊野古道の案内人さま

古い記事にコメントありがとうございます。
紀州路も伊勢路も両方扱っておられるのが良いですね。
部分的にしか歩いたことがなくて、もう少しじっくり歩きたいものです。
那智の桜がきれいですね。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: びんみん | 2012年4月10日 (火) 00:19

茶粥の話が目にとまり、とても懐かしくなりました。と言うのも両親は和歌山出身で「おかいさん」って言っていました。ほうじ茶の香りと色が目に浮かびます。両親とももうあちらに逝ってしまいましたが、案配の悪い時に見よう見まねで私も作って、梅干しや時には親戚の叔母お手製の蕗の佃煮などを乗せると結構口に出来たようです。

それから私は父の仕事の関係で生まれは新宮市なんですよ。そして誕生日が7月14日で、速玉神社の扇立祭りの日。フランスではパリ祭です。お祭り騒ぎは好きではないのですが・・・那智の滝の前で写した写真もどこかにあった筈、探してみようっと!

投稿: まあちゃん | 2012年4月11日 (水) 07:30

まあちゃんさま、こんばんは。
なんと和歌山ご出身だったのですか。
「おかいさん」ですよね。
新宮自体はそれほど行ったことはないのですが、熊野の奥深さとは別に、外に向かって開けた雰囲気もあるなあと感じました。

投稿: びんみん | 2012年4月12日 (木) 02:41

びんみんさん、私はいつも困っているんですが、生まれた土地、つまり出生地は新宮市、だけど二歳には東京にいるし、その10年後父の仕事で北海道。そこからまた東京って「エトランゼ」って言ったらお友達が大笑い。年長者は「デラシネ」って言いました。占いとかでは生まれた土地って出るのですが、やっぱり関係あるのでしょうか?なんて聞かれても困りますよね。

亡くなって三カ月、最近開高健氏と榮松画伯の話題が新聞などに良く出てきます。そのたびに色々思い出します。白州正子さんとの交遊もあったのですって。そしてびんみんさんとの関係も話題に出るんですよ。いつか実際の絵画を目にして頂きたいと思っています。

今日は少し過ごしやすかったのですが、明日は温度が下がるそうです。体調管理いたしましょう!

投稿: まあちゃん | 2012年4月12日 (木) 21:16

まあちゃんさま、おはようございます。
コメントありがとうございます。
今日の大阪は雨です。かなり過ごしやすくはなってきました。

ほんとに大きくあちこち移動されているのですね。
デラシネという言葉は初めて知りました。
わずかとはいえ、新宮におられた意味も大きいと思います。

榮松画伯に白州正子さんとの交友もですか。
私も画伯の絵、実際に見せていただきたいと思います。

投稿: びんみん | 2012年4月14日 (土) 08:34

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