2018年3月 6日 (火)

「まちかどの近代建築写真展 in 大阪XIII」開催中

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今年も恒例の、まちかどの近代建築写真展・大阪展の季節になりました。
今回で大阪港・天満屋ビルカフェハaハaハaさんで開催される大阪展も13回目、全体では72回目だそうです。
毎年、大阪展で新たなテーマの展示が行われ、その後、一年かけて各地を巡回していきます(会場に合わせて、過去の展示の再構成・追加の場合もあり)。

今年のテーマは宗教建築で、大阪展では主に各地の近代の教会の写真が展示されています。
私も一枚だけ出しました。

以下、ハaハaハaさんのブログから引用

「まちかどの近代建築写真展in大阪XIII」(通算第72回)
テーマ「信仰の場 教会からモダンなお寺まで」

会期 2017年3月3日(土)~4月7日(土)15時まで

会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 2F
Tel 06-6576-0880 アクセス

月・木・金曜日 11:00〜17:00
土・日・祝日 11:00〜18:00
CLOSE  火曜日,水曜日

主催:まちかどの近代建築写真展実行委員会
協力:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
近代建築探訪メーリングリスト

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こんなとこまで!という場所に貼り巡らされた写真展示も見もの(?)
見落としそうな場所にも貼っていますので、よく見て下さい。

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4月には天満屋ビル3階にオールドコールマンミュージアムがオープンするそうですよ。

<関連ページ>
 ハハハな一日「今年もやってきます!まちかどの近代建築写真展」
 まちかど逍遙「まちかどの近代建築写真展 in 大阪XIII」

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2018年1月 1日 (月)

2018年もよろしくお願いします

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皆さま、明けましておめでとうございます。
本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

今年の抱負としては、何よりも既に取材済のぜひ伝えたい内容を記事にすること。
主に郊外住宅地や公園、他で情報の少ない近代建築についてなどということになります。

今年はアパートの探索なども力を入れたいと思っています。
そのため、比較対象として、東京のアパート・集合住宅を見に行くつもりです。


ちなみにトップの写真は昨年末に訪れた赤穂市の事務所です。
ピザ窯や工業用の窯を作る築炉の会社とのことで、タイル建材店がタイルに凝ったり、石材店が石材に凝ったりするように、煉瓦に凝った建物を作られています。
新しい建築のようですが、こういうのも面白いなと思います。

励みになりますので、気軽にコメントもいただけると幸いです。

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2017年12月31日 (日)

2017年もお世話になりました

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まもなく2017年が終わります。
本年も当ブログをご覧いただきありがとうございました。

直近ではヤマトヤシキ姫路店(1951年/村野藤吾設計)が2月末で閉店・建て替えとなることが発表され、名古屋の丸栄百貨店(1953年/村野藤吾設計)も6月に閉店・建て替えと伝えられていますが、トップの写真は、旧高島屋東別館(旧松坂屋大阪店/昭和9・12年/鈴木禎次設計)にしました。
10月の生きた建築フェスティバル(イケフェス)で見学させてもらったときの写真です。

昭和41年には店が天満橋に移転して、後は高島屋の事務所などに使われていたため、内装を更新する必要がなく、却って古い内装が残されています。
今後は建物を活かしつつ、長期滞在型の宿泊施設に転換することになっています。
こういう試みが成功することに期待したいと思います。

このブログについては、今年も更新が低調に終わってしまい申し訳ありません。

今年の記事を振り返ります。

●2017年を振り返って

1月 鳴門シリーズ・小鳴門公園(2016年)

2月 鳴門シリーズ・渡船(2016年)

3月 なし

4月 昭和かるた写真展

5月 なし

6月 旧天下茶屋郵便局電話分室解体
   加賀石の里シリーズ
   大曽公園・ラジオ塔
   鳴門の近代建築(2016年)
    
7月 本野精吾邸公開
   小松原児童公園・ラジオ塔

8月 加賀シリーズ・大聖寺
   船岡山公園・ラジオ塔
   
9月 なし

10月 朝潮橋のこだわり貸家

11月 なし

12月 恵我之荘住宅地(2016年)

 ほとんど全記事へのリンクに近いですね。
 振り返って、鳴門、加賀、ラジオ塔関連とニュース的なものということになります。
 決して書くことに困っているということはなく、むしろ逆です。これだけはお伝えしておきたいといういくつかの記事をまだ作成できていませんので、一つ一つ作っていきたいと思います。

 これに懲りず、新年もよろしくお願いします。

<関連記事>
 「2012年のまとめ」
 「2013年のまとめ」
 「2014年のまとめ」
 「2015年のまとめ」
 「2016年のまとめ」

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2017年12月20日 (水)

恵我之荘住宅地(大阪府羽曳野市)

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もう1年以上前になってしまいますが、羽曳野市の恵我之荘住宅地を見に行きました。
恵我之荘住宅地は、大阪鉄道(現在の近鉄南大阪線)の恵我ノ荘駅開業(大正13年)に合わせて、大阪鉄道によって開発された郊外住宅地です。むしろ住宅地開発のために駅を作ったというべきか。
住宅地は駅前からすぐ広がっています。

撮影日:2016年9月4日

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駅から北は商店街が続いていて、古いお店らしきものもあります。

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その前には古い防火用水。

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駅前のこの建物も古そうです。

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住宅地に入っていって、古そうな住宅を見つけました。
こちら、切妻屋根を組み合わせた平屋の建物です。

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玄関まわりの桟や扉、玄関灯など見どころがあります。

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北東側から。

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こちらの建物も屋根が改修されていますが、建物は古そうです。
門扉の桟も美しい。

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またこちらは生け垣に遮られて見えにくいですが、古い建物のようです。

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同じ建物。腰壁までが下見板張りになっています。

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和風の住宅が多く見られます。

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もう少しディテールに注目していくと、こちらは籠を編んだような玄関灯。

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門扉や門柱が古そうな住宅はいくつもありました。

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こちらの門は立派です。

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生け垣から流れるように連続する門扉。矢羽根模様が刻まれています。

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左側の門柱の方はオリジナルでしょうか。

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門柱と石垣、石敷きが一体的です。

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駅の南に回ると、かなり改装していますが、元お医者さんぽい古い建物がありました。

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この部分、新しくなっていますが、本体は古いのではないでしょうか。

恵我之荘住宅地は、とくに目立つ洋風建築などはないものの、生け垣などにも高級な住宅地の雰囲気が残っています。
朝日新聞大阪地方版の週刊まちぶら(2009年5月17日)によれば、昔は住宅地にポプラ並木があったそうです。

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なお、興味深いものとして、駅南側の池の側に辻本善三郎翁の碑というものがあります。
大正14年に建てられたものです。

書かれている内容をかいつまんで紹介すると、辻本善三郎翁は、この丹下地域が度々旱害に見舞われることを憂いていたところ、大阪鉄道会社が設立されて線路敷設工事用に土砂を求めていると聞き、大阪鉄道に持ちかけて野登りヶ池堤防の一部、池床の浚え、あら池中央築島、中堤防の土砂を大正10年11月下旬から提供したそうです。これによりため池は大きくなり、鉄道会社は土砂を入手でき、お互いにメリットのある取引だったようです。
この記念碑は長年、墓地の片隅にひっそりと置かれていたのを、平成9年に池の側に移設したとのこと。
どのように土地の改変が行われてきたかの一端が分かる説明で、興味深い記念碑です。

<関連記事>
 目次「近代の郊外住宅地と別荘地、社宅」
 

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2017年10月10日 (火)

朝潮橋にもこだわり貸家(大阪市港区)

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以前、西九条で、六角形の装飾にこだわった貸家を見ましたが、久しぶりに3例目を確認しました。
六角形の金属の枠に石をはめています。
今度は大阪市港区の三先1丁目です。

まず南側に6軒並び。

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そして背中合わせの北側に3軒並びです。
北側も6軒あったものが縮小されているかもしれません。

久しぶりに新たなものを見かけて、改めて分布が気になりました。
今回も環状線の西側です。

皆さんもどこかで見かけたらぜひ教えて下さい。

<関連記事>
 「西九条のこだわり貸家」
 「佃にもあったこだわり貸家」

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2017年9月17日 (日)

ブログ12周年御礼

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皆さま、ブログ日常旅行日記をご覧いただき、ありがとうございます。
当ブログは9月10日に12周年を迎えました。

更新の少ないこのページを見ていただいてありがとうございます。
この記事で1088本目ですので、この1年で25本の記事を載せたことになります。
昨年度の22本から若干の改善ですが、自分としては、ややきっかけをつかんだかなと思っています。

この春から夏にかけて、北陸方面や四国方面など、あちこち出かけました。
これだけは伝えておかないとという内容は賞味期限が切れないうちに上げていくつもりです。

それでも劇的に更新ペースが上がることはないと思いますが、
今後ともよろしくお願いします。
昔の記事でもコメントいただけると非常にうれしいです。


写真は、京の夏の旅で訪ねた京都大学花山天文台本館です。
昭和4年の開設です。ドームだけでなくあちこちが丸いデザインになっています。
まだ9/30まで公開されていますのでどうぞ。
無料シャトルバスが運行されているので行きやすいです。


<関連記事>
 ブログ5周年の記事
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2017年8月19日 (土)

モダンな船岡山公園(京都市北区)

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京都の北の方にある船岡山公園に、ラジオ塔見学を含めて出かけてきました。
京都盆地からよく見える丘です。

どこから入ればいいかよく分からないので、とりあえず北側の入口(大徳寺側)から入ってみました。
公園の入口には灯籠型の門柱が残っています。
その先には噴水跡?があります。

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これがその噴水跡?です。
ふと東京の元町公園(昭和5年)を思い出しました。
そこまで装飾が多くはないですが、それでも共通するものを感じます。

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※この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)から切り取ったものです。
 
船岡山の明治42年の様子。
船岡山は平安京造営の時に基準にしたという説もあったぐらい特別感のある丘で、市街地から目立っています。
平安時代には船岡山の北西は有名な風葬の地「蓮台野」で、応仁の乱では戦いの舞台(西軍の陣地=西陣)になり、戦国時代も度々戦場になった場所らしいです。そんな雰囲気は今はありません。あまり深く考えないことにします。

織田信長を祀る建勲(たけいさお)神社は船岡山の東半分を占めていますが、ずっとあった訳ではなくて、明治3年に東京に建てられたものが明治13年に船岡山に移ってきました。(社地は明治8年に賜る)
明治42年には大徳寺と一体的に見えますね。
その後、昭和6年に船岡山が京都市の風致地区に指定され、昭和10年に船岡山公園ができたという流れのようです。
現在は市街地に囲まれています。

船岡山公園で特異なのは受益者負担が導入されたことで、事業費の2割は、公園外周から4町(約430m)の範囲に住む人に、距離に応じて5段階に分けた負担をしてもらったそうです。

土井勉氏「京都市の公園形成史」(『土木史研究』第11号、1991年6月)

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北側入口にあった船岡山の分かりやすい見取り図。
南北逆なのでご注意下さい。

建勲神社作製のようで、こちらに元図らしきものがあります。
説明も参考にさせていただきました。
建勲神社HP「船岡山について」


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さて、公園内にはところどころ、照明器具として灯籠が立っています。
直線的なモダンデザインで、足元には小石を貼り付けています。

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ちょっと気になったのがこの蒲の池。
上から見ると半月型をしています。

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背面がこのように段々となっていて、半円の台が付いています。
ここも噴水などだったのでしょうか。
古そうです。

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他の入口も確認しました。
西側のこの入口がもっとも正面らしいと思います。
モダンな照明器具兼の公園門柱は、窓もちゃんとあります。

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進んでいくとまず、滑り台などのある広場に出ます。
滑り台は滑る部分が2つ並んでいる双子型です。
東京の元町公園にあるシンメトリーな滑り台(そちらは両側に滑りおりるタイプですが)を思い出しました。

階段を上がったところに通路兼用のパーゴラがあります。

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2段目は広場になっています。
木の根元を丸く囲んでベンチになっています。

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そして、私がこの公園一番の見どころだと思うのが、この広場の奥にある壁泉とその上のテラスにあるラジオ塔です。
今は水が張られていないのが残念です。
柵はなく、子どもが水遊びすることを想定していたようです。
ここがデザインの中心ではないでしょうか。

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この壁泉の両脇に、テラスに上がる階段があります。
ここのデザインも、途中までシンプルながら、途中から放物線状の縁石が連続しています。
アールデコのデザインです。

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テラスに上がってラジオ塔の場所から広場を見下ろします。
公園と同じく、昭和10年に建てられたものです。

しかも地元のラジオ体操クラブによって2015年にラジオが設置され、毎朝のラジオ体操に使われているそうなんです。(以上、『ラジオ塔大百科2017』より)

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ラジオ塔の後ろには野外演奏場があります。
昭和34年に設けられました。

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公園は、野外演奏場-広場-遊具広場と続く谷を南北の尾根で挟み込む形になっています。
北の尾根には東屋があり、北側への眺望が開けています。

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南側の尾根に登っていくと、遊歩道から引っ込んだところ、建勲神社との境界に、国旗掲揚台が残っていました。
流れ落ちるようなデザインです。
ただ、なぜ広場ではなくて、こんな引っ込んだ場所にあるのか不思議です。


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南の尾根、山頂付近にも東屋。
柱の周りに腰掛ける板が巡らせてあるのが面白いです。
しかも中央と奥2つは丸、手前2つは直線でした。

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もう一つの謎の建造物がこのサイレン塔。
いつのものなんでしょう。警報を伝えるものでしょうか。
これも放物線デザインで、モダンさを感じさせます。
附属室の内壁にはコントロールパネルのような装置が付いていた跡がありました。
この煙突みたいなのが何の機能を持つのか気になります。
まさか発煙する?

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山頂(112m、比高45m)からは京都盆地を南の端まで見渡せて、とても良い眺望です。
戦いの場になったのが分かります。

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山頂付近にあったこの銅板は、周囲の山を案内しているのでしょうか。
摩耗しているので分かりにくいです。

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山頂付近もそうですが、西側斜面がとくに岩盤が露出していて、西側にはたくさんのお地蔵さんなどが祀られていました。聖地として磐座などがあったのでしょうね。

全体として、モダンデザインに見応えがある公園でした。

入るときは北側か西側から入るのが分かりやすく、帰りは南側に降りると、近くにカフェさらさ西陣船岡温泉があるのでお勧めです。

(関連記事)
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

 「小松原児童公園とラジオ塔」
 「萩児童公園とラジオ塔」
 「ラジオ塔のある大曽公園」

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2017年8月14日 (月)

加賀石の里めぐり(4)大聖寺の近代建築など

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2017年5月の加賀旅行の記事です。
今回は石はあまり関係ありません。

金沢に行く途中に大聖寺という駅があるのは知っていましたが、降りたのは初めてです。
かつてあった大聖寺という白山信仰のお寺が地名の由来であるものの、その存在感はあまりなくて、大聖寺城の城下町という性格が強いようです。江戸時代は加賀藩の支藩・大聖寺藩でした。

大聖寺駅のホームに降りると、古い工場建築が目に付きます。
チェーンを作っている大同工業の大きな工場が駅の南側一帯を占めています。

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このようにノコギリ屋根が連なっているのが壮観です。

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本社事務所も近代建築です。

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町は駅の北側に広がっていて、歩いて行くと塔屋のある建物があります。
現在はヘアーサロンオダです。
あまり古そうに見えないながら、写真に撮って後で確認すると、近代建築総覧にも載っていて、大正4年に建てられた旧物産館となっています。最初は旧八十四銀行としているページもありますが、未確認です。

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明るい色の蔵。
色合いからすると観音下石(日華石)でしょうか。

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やや行き過ぎて、旧市街に戻ってくると、旧大聖寺川に趣きのある橋が架かっていました。
福田橋という名前で、親柱には昭和11年と書かれています。鋼ボーストリングトラス橋という形で、大聖寺にはもう一つ同じ形の二天橋(昭和6年)があるそうです。私は未確認です。

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真横から見たところ。
美しくて、渡ったり、くぐったり、ぐるぐる回って眺めてしまいました。

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こちらは水口製材所さん。
小さな事務所があって、母屋から渡り廊下でつながっているのが面白いなと思いました。

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西に進むと大聖寺流し舟八間道船乗場。
左に電車が見えますでしょうか。待合室に使われています。
今回、舟には乗っていません。

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また旧大聖寺川を渡った先に、深田久弥山の文化館として使われている、旧山長織物会社の事務所がありました。
新緑の銀杏の大木との取り合わせが絶妙です。樹齢650年とか。

山長織物会社事務所は明治43年に建てられ、昭和50年代半ばに工場が移転した後も、平成10年までは住居として使われていました。その後、加賀市が取得して現在に至っています。

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敷地の端には、生糸保管庫として使われていた石蔵があります。
ここが展示室です。明るい石は観音下石(日華石)? でもちょっと時代が合わないかも。

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蔵の内扉には、打出の小槌の鍵穴隠しが付いていて、チャリンと小判の蓋を動かして鍵を差し込むという遊び心ある仕掛けになっています。

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深田久弥は山長織物会社とは関係なくて、もう少し南に行ったところに深田紙店という実家が残っています。
日本百名山の著者として知られています。
白山を眺めながら育ったのですね。

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大聖寺には立派な商家がたくさんあり、その一例として大野保平商店。
今も現役のようです。

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ちょっと面白い蔵の換気口金物。
泣いているみたいです。

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大聖寺中新道の西野縫製工場も古い工場のようです。

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そして大聖寺に行くなら訪ねて見たかったのが、彫金工房「月」・カフェサロン「銀」となっているこの建物。
昭和10年に建てられた牧野歯科医院をリノベーションしたものだそうです。
インスタグラムなどで見かけていて、ぜひ行ってみたいなと。
帰る日にお茶しに寄りました。

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廊下には長い栗材が使われていて、ほとんど狂いがないそうです。

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シャンデリアの根元の飾りも透かしの入ったモダンなもの。

今は彫金工房とカフェになっていますが、歯科医院時代の道具なども壁にオブジェのように飾っていて、うまく継承されているという印象を受けました。

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最後に帰る間際、たまたま通りがかった旧那谷医院。
小さくてとてもかわいらしい診療所です。
今はなんとタビト學舎という塾になっているそうです。
この時は写真の設定を失敗したので、改めて撮りに行きたいと思います。


大聖寺はゴールデンウィークというのが嘘のように静かでした。
街並みも美しく、もっと評価されていい街のように思いました。


<関連記事>
 「加賀石の里めぐり(1)鵜川石切場跡」
 「加賀石の里めぐり(2)ハニベ巌窟院」
 「加賀石の里めぐり(3)遊泉寺銅山跡」

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2017年7月28日 (金)

小松原児童公園とラジオ塔(京都市北区)

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特別公開されている本野精吾邸を見に行くついでに、ラジオ塔のある小松原児童公園に立ち寄りました。小松原児童公園は、昭和14年に開園した公園です。
上の写真は南東角から。木々の中にある記念碑のようなものがラジオ塔です。

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公園の門などは更新されていますが、北側の門に付けられた公園名表示は、元のものをそのまま使っているようです。

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まずはラジオ塔から。
台座の上に据えられた灯籠型です。

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「紀元二千六百年記念建設 心身錬成」と書かれてある、たぶん大理石の銘板がはまっています。
昭和15年に建てられたものということでしょう。

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向かって右側にも何か書かれていたようですが、今は何もありません。
ラジオ塔は三方に開口部があって背中側は壁のタイプが多い気がしますが、これは四方とも開口しています。

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ついでながら、遠目にはコンクリート製の台座部分ですが、煉瓦の表面にコンクリートを塗ったものであることが分かります。

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また別の角度(南西側)から。右の木の下にラジオ塔があります。

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この公園の見どころはラジオ塔だけではありません。
このアールデコのたぶん国旗掲揚台も、流線型でスピード感があります。

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一段高い藤棚にベンチとテーブルがあります。
保護者がここからグラウンドで遊ぶ子どもたちを見守るのでしょう。よく見かける構成です。

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ベンチは何タイプかあり、これは古そう。
丸みを帯びたデザインです。

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面白いのがこちら。
花壇になっていますが、どうも元は(幼児用の?)プール(あるいは噴水などの水遊び場)のようです。
周囲には柵か柱の跡があります。左の柱はシャワーかも。

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水色の縁が左側で一部低くなっていて、そこから溝蓋に水が溢れるようになっています。

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右側にあるパイプの跡。
ここから水を入れていたように見えます。

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砂場ももしかしたら古いかも。
全体に丸みがあります。

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懐かしい人研ぎの滑り台もあります。

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ついでながら公園アニマルも。
こちらは馬。目もたてがみもきれいにメンテナンスされています。

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カバ。こちらもきれいに塗り直されています。

最後の方はきっと戦後ですが、近代の公園の姿がよく残っていると思います。
本野精吾邸を訪ねられるなら、ついでにぜひ。

(関連記事)
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

 「萩児童公園とラジオ塔」
 「ラジオ塔のある大曽公園」

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2017年7月26日 (水)

本野精吾邸公開中(京都市北区)

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毎年楽しみにしている京都の文化財特別公開「京の夏の旅」
夏は住宅の公開が多いのですが、今年はなんと本野精吾邸が公開されると聞いて行ってきました。
9月30日(土)まで。

立命館大学の衣笠キャンパスのすぐ隣です。
私は阪急の西院駅からバスで北上し、衣笠校前で降りて歩きました。

以前、山科の栗原邸は見学したことがあり、そちらと同じく鎮ブロック(中村鎮氏の考案したL字型の部材を組み合わせて積み上げるコンクリートブロック)を積んだ外観です。
建築家・本野精吾の自邸として大正13年に建てられました。
このあたり一帯は当時、芸術村だったそうです。

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入場料は600円です。その価値は十分。
10〜16時の公開ですが、一部、休みの日もあるのでご注意を。

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本野さんの表札、モザイク状でいいですね。
角がアールの煉瓦を使っているのもこだわっています。

内部は木の床で、玄関周りやら金具やら暖炉やら、ディテールにこだわっていて素晴らしかったのですが、これから訪ねる方の楽しみに、しばらく公開は控えます。
内部の写真は自由に撮れましたよ。

モダニズム建築といいながら、ディテールにこだわっていたり、焼きすぎ煉瓦を使って色合わせをきっちりしていたり、合理的ではあっても平板ではないという印象です。かなり手間暇掛かっています。
そしてコンパクト。わざわざ2階を低くして、階段を短くしているというお話でした。

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私は知らなかったのですが、月に1回程度、映画上映会、音楽会などで1階部分は会場として公開されているそうです。
次回は8月19日(土)13:30から「ゴジラ」「シン・ゴジラ」の上映会という案内が出ていました。予約不要だそうですよ。


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ちなみに隣は元中村鎮建築研究所京都出張所の建物だと教えてもらいました。
右側部分、三角屋根は後からの増築で、壁は塗装されていますが、よく見ると鎮ブロックで積まれているのが分かります。

近くには他にも古そうな住宅がありますし、小松原児童公園は近代の公園で、ラジオ塔や国旗掲揚台などがありますのでぜひ。こちらもまた記事にします。

今回の京の夏の旅では、花山天文台も公開されていますので、そちらも訪ねてみたいと思っています。

<関連サイト>
 「第42回京の夏の旅 2017」

<関連記事>
 「栗原邸(旧鶴巻邸)の見学会」
 「京の夏の旅で住宅見学」 2016年の京の夏の旅
 「有鄰館 日本館の公開」 2015年の京の夏の旅
 「島原の輪違屋」 2014年の京の夏の旅

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«鳴門の石材