2016年10月22日 (土)

小豆島・草壁本町から安田へ

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小豆島の草壁本町の近くで見かけた持ち送り。
よく見ると花とトゲのある茎が表現されていて、工芸的です。ノイバラでしょうか。

草壁本町を歩いた後は、バスで小豆島北東部の港町・福田に向かおうとしたのですが、ここでハプニング発生。腕時計の時間がずれていて、バスに乗り遅れてしまったんです。
幸い、瀬戸芸期間ということでバスが増発されていて、2時間待ちぼうけということにはなりませんでしたが、それでも次のバスは1時間後です。
せっかくなので次のバス停まで旧道を歩くことにしました。

これが意外な収穫になりました。

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まず出会ったのが片城橋。
別の親柱に昭和2年と書かれています。

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全体として、こんな風に親柱と一部欄干が残っています。
もう少し先に新しい片城橋があったので、移設されたのかと思いましたが、地図をよく見ると旧片城橋を通る旧河道が確認できます。おそらく河川改修によって河道が直線になり、新たに橋が架けられたのですね。

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佃煮工場の島乃香(株)片城工場の通用門跡?
大正風なデザインです。

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さらに進むと大きな敷地が見えてきました。
歯科医院です。

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下見板張りの建物があって、旧診療所かなと思いました。
戦後っぽい質感です。

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カラフルな石で門柱が作られています。

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破損した部分から煉瓦が顔を見せていて、壁が煉瓦造であることが分かります。

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さらに不思議な建物が。
「内海町片城車庫」と書かれています。
何の車庫なんでしょう。ボンネットバス?

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車庫本体の前に、かわいらしい建物が附属していて、こちらは事務所でしょうか。

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斜向かいにはロープウェイの車両を転用した集会室がありました。
寒霞渓ロープウェイの車体らしいです。
オリーブ畑の中に置かれた車体は、窓が大きくて眺めが良さそうですね。

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安田の町に入ったところで、洋館+和洋折衷住宅がありました。
好みの住宅です。

バスに乗り遅れたおかげで、得る物の多い時間になったと思います。

<関連記事>
 「小豆島・草壁本町を歩く」
 「夏の香川・島めぐり(14)小豆島へ」
 「夏の香川・島めぐり(15)小豆島の醤油工場」
 「夏の香川・島めぐり(16)小豆島の洋館付き住宅・煉瓦」

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2016年10月19日 (水)

小豆島・草壁本町を歩く

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7月の終わり、小豆島に瀬戸内国際芸術祭見学を兼ねて出かけました。
利用したのは神戸発・坂手港行きのジャンボフェリーです。
夜に神戸を出発し、早朝に高松を折り返して坂手港に着きますので、時間が有効に使えます。

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坂手港周辺は前回の瀬戸芸2013の時に見ましたので、すぐバスで草壁港に向かいます。
草壁港のバス停にはびっしり描き込まれた手描き商工地図がありました。

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草壁港内には移築された蔵が2棟並んでいます。
左が宝食品天川亭(旧天川家住宅土蔵)、右が宝食品福井亭(旧福井家住宅土蔵)です。
ともに昭和10年頃。
元の場所から切り離されて港に建っていると浮いた存在感があります。
瀬戸芸の会場になっていました。

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近くを歩いていると古い防潮堤が残っていました。
つまり昔の海岸線はここ。
近くには塩田もありましたし、時代ごとに海岸線が前進しています。

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ここからが本題。草壁本町の旧道沿いを何かないかと歩いてみました。
さっそく現れたのが古そうなショーウィンドウです。
現在の商売は建築資材屋さんです。

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星城小学校の校庭に備前焼の二宮金次郎像を見つけました。
備前焼のは初めて見ました。他地域では金属供出後の代替として作られた場合もあるようです。
備前は小豆島の対岸なので運びやすかったのですね。
備前焼というと狛犬も作っていて、商売の広げ方が面白いと思います。

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街道を歩くと、立派な看板建築がありました。
トキゾウと書かれていて、トキゾウ呉服店です。
営業はされていない様子。

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さらにナカヲ時計店。

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裏側に回ると、隅櫓のような洋風の部屋が立ち上がっています。

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さらに山地呉服店。
右から左の文字で銅板で書かれています。

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その先にアールデコ風の橋があります。
一つ上流に元楊柳橋が架かっていて、たぶんここは楊柳橋なのだと思います。

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楊柳橋から上流を見たところ。
向こうは寒霞渓です。

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※クリックすると拡大します

旧街道から脇道にも逸れてみます。
立派な門柱のあるお医者さんがありました。

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ここのお宅は地元の名士の方のためか、お庭が面白くて郷土資料館みたいです。
たとえば、こちらに「ときわはし」の親柱があったり。奥にも親柱が見えます。

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さらに草壁町道路元標までありました。
移設でしょうね。

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70年代風の角丸窓がきれいな荒井写真館。

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窓はぷっくりしたタイルで縁取られています。

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カラフルな石を固めた石垣。
暑い日だったのでアイスバーに見えました。

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道脇につな引石というものも。
綱引きの基準線だったのか、あるいはこれ自体を引き合ったのか、詳しいことは分からないようです。

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虎の飾り瓦。面白い。

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このあたりは肥田牛乳エリアで、牛乳箱もありました。

草壁本町は本町と付くだけあって、歴史の蓄積を感じさせる町でした。
この後、旧街道を安田まで歩いたのですが、その話は次回に。

<関連記事>
 「小豆島・草壁本町から安田へ」
 「夏の香川・島めぐり(14)小豆島へ」
 「夏の香川・島めぐり(15)小豆島の醤油工場」
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2016年10月17日 (月)

土師ノ里の理髪館(大阪府藤井寺市)

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※クリックすると拡大します。撮影日:20160710

7月のことですが、夕方に時間が空いたので、近鉄南大阪線の土師ノ里駅の北側を歩いてみました。
とくに当てがあったわけではないのですが、歩けば何かあるもので、長尾街道を歩いて段丘を下ったところに、古そうな理髪店がありました。
古そうといっても、モザイクタイルで屋号が右から左に書いてあるのが古そうなだけで、状態はきれいですし、ちゃんと営業されています。

日本家屋に看板をくっつけたような建物。
上の写真でいうと、モルタルのひさしの部分に■が5つ並んでいるのが見えますでしょうか。

このモザイクタイルの文字がなかなか良いので、拡大して並べてみます。

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井崎理髪館です。
道の反対側からタイルの写真を撮っていると怪しまれて、理髪店のご主人が出てこられました。
「タイルがきれいだったので」と説明して、お店のことについて伺いました。ご主人はお忙しそうだったので、お店のお客さんか関係者の方が後を継いで説明してくださいました。

この店は大正時代から(少しだけ移動したものの)この地で理髪店を営んでおられて、現在の建物は昭和16年に建てられたものだそうです。モザイクタイルは当時のもの。
100年近い老舗ということです。

昔は前の長尾街道の人通りが多く、国鉄(省線?)の柏原駅に着いた貨物を運ぶ荷車が西に向かっていたそうです。

「店のこと宣伝したってや」と言われたので、宣伝しておきます。

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ついでに周辺で気になったものも少し紹介。
理髪館から少し北に行ったところに墓地があり、そこに記念碑が立っていたのでのぞいてみました。

「東尾平太郎顕彰碑」ということで、隣に解説板も立っています。
解説によると(出典は藤井寺市史)、東尾平太郎は明治20〜30年代の地価修正運動で中心的な役割を果たした人物だそうです。若くして大阪府会議員になり、地価修正を政府に働きかけました。大阪府立農学校長も勤め、明治23年の第一回衆議院議員選挙に38歳で当選して7回当選しています。(調べると明治31〜36年まで高野鉄道の社長でもあったらしい)
大正8年に亡くなり、大正10年にこの顕彰碑が建てられました。

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顕彰碑の隣にある灯籠。
丸っこくて流れるようなモダンさを感じさせるデザインです。

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近くに鶴乃湯というお風呂屋さんがあったので、入って帰りました。

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あと、土師ノ里の駅の北側にちょっと変わった場所がありました。
昭和30〜40年代の文化住宅っぽい建物なのですが、一体的にリノベーションされています。

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中庭を囲んでお店が集まっています。
全体が「里庭の箱」という名前で、地元の不動産屋さんが手がけたリノベーションらしいです。
「里庭の箱とは」

戦前の長屋や60年代ビルのリノベーションは見ますが、この昭和30〜40年代の文化住宅リノベーションがうまくいくなら対象は相当たくさんありますね。
こういうものが増えていくのか気になります。

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2016年9月19日 (月)

ブログ11周年御礼

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<旧カフェーパウリスタ甲陽園支店(既に解体されたはず)>

皆さま、ブログ日常旅行日記をご覧いただき、ありがとうございます。
当ブログは9月10日に11周年を迎えました。

最近ますます更新が滞りがちで、この記事で1063本目ですので、この1年で22本の記事を載せたことになります。
5〜7月の3ヶ月も記事を書いていないので、申し訳ない限りです。

書くことがないのかというと、むしろ逆で、出かけてばかりで書く間がなくなっているのが実際です。
私の場合は発信しないと意味がないと痛感しています。

岡崎、香川、鳴門などに遠出した他、最近また近くの郊外住宅地も確認に回っています。
もう少し発信の方に時間を割きたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。


なお、トップの写真は先日、見学会が開かれた旧カフェーパウリスタ甲陽園支店です。
惜しまれながら解体されたはずですが、この波に千鳥のステンドグラス等は神戸の「海外移住と文化の交流センターミュージアム」に収蔵されると伺っています。
記録に残す方、保存活用運動に走り回られる方、残るための方策を伝えられる方、公開を働きかけて広く知ってもらう方、写真展を開催される方、アートとして表現される方等々、それぞれの役割で継続して活動されている方々には頭が下がります。

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2016年8月16日 (火)

京の夏の旅で住宅見学(京都市)

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毎年季節ごとに開催されている京都の文化財特別公開イベント「京の夏の旅」で、住宅計3ヶ所を見学してきました。
今回、テーマが「学校に残る文化財」「お屋敷・庭園の美」ということです。

開催日時は、7月9日(土)〜9月30日(金) 10〜16時(並河家住宅は〜15時)
(和中庵のみ8月1日(月)〜23日(火))
入場料は1ヶ所600円です。

見に行かれるきっかけになるかどうか分かりませんが、簡単に紹介します。
個人的に気に入った順です。

■藤田家住宅

西陣の帯屋さんです。
上の写真で、手前側が明治期の東棟、奥が昭和期の西棟となっていて、今回の公開部分は西棟です。

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この写真は洋室です。
全体に派手さはなく、目が慣れないうちは分からないのですが、解説をしてもらううちに段々すごさがみえてきます。

洋室から3階までの吹き抜け、数寄屋の座敷を通って中庭まで、夏のしつらえということで簾戸やすだれで仕切られています。風は完全に通しつつ、視線や光はコントロールされているようです。

畳の目の細かさ、簾戸の彩色、各部の材の吟味、引手の遊びなど、教えてもらって初めて気付くことが多々ありました。

非常に京都らしい建物だと思います。
何より、この場で夏の風を感じないと伝わりません。

地下鉄今出川駅から徒歩15分ですので、アクセスは便利です。
平安女学院有栖館までも25分で歩けます(今の季節はちょっと辛いけど)。

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■ノートルダム女学院中学高等学校 和中庵

元々はスキー毛糸の共同毛糸紡績を創業した藤井彦四郎が、大正15年から昭和3年にかけて建設したお屋敷だそうです。
戦後、土地建物はアメリカから来日したノートルダム修道女会に売却され、修道院となりました。
その際、内装は修道院らしい質素なものに作り替えられたそうです。
シスターが高齢化したことで修道院としての役割を終えた後、和風の主屋は取り壊されましたが、洋館・奥座敷・蔵・茶室は、改修工事が施されて、2015年に完成、今回の公開に至ったとのことです。

戦後に改変されたとはいえ、洋館は各所に愛らしい装飾があり、バラの装飾が入った暖炉、天井飾り、床の寄木細工など楽しめました。

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谷をまたぐ渡り廊下でつながる奥座敷は眺めが良く、とくにこの書斎みたいな場所は、ぜひここで過ごしてみたいと思える部屋でした(ここは入れません)。

私は今回、京阪・神宮丸太町駅から和中庵まで歩きましたが、結構遠いので、素直にバスを使った方が良さそうです。
この和中庵のみ、8月23日(火)で公開が終わりますのでご注意ください。

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■平安女学院大学 有栖館

幕末に有栖川宮別邸として建設されたものらしいのですが、完成した時には明治を迎え、宮家は東京に移るということで、結局、京都地方裁判所所長宿舎の一部として移築されてからの期間が長かったようです。
2007年に平安女学院の所有となり、保存されています。

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庭園は2009年に十一代小川治兵衛氏により作庭されていて、座敷からの眺めが良いですが、建物としてはシンプルかなあと思いました。手前の板張り部分は能舞台としても使用できるようになっているそうです。

地下鉄・丸太町駅から徒歩2分なのでアクセスは便利です。


このほか、並河家住宅 並河靖之七宝記念館も公開されていますが、ここは春・秋に一般公開されています。観光協会に公開部分が違うのかどうか問い合わせたところ、「今回は解説がつくのが違い」とのことでしたので、春秋にゆっくり見た方が良いかなと思い、パスしました。

<参考サイト>
 第41回「京の夏の旅」公式HP

<関連記事>
 「有鄰館 日本館の公開」(2015年の京の夏の旅)
 「島原の輪違屋」(2014年の京の夏の旅)

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2016年8月 7日 (日)

瑞浪の近代建築など(岐阜県瑞浪市)

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先月、多治見市笠原にオープンしたモザイクタイルミュージアムを訪ねる機会があり、翌日、瑞浪の街を歩きました。多治見・土岐については2008年に訪ねていますので、今回は瑞浪を紹介します。瑞浪は周辺の街と同じく陶器の街のようです。

瑞浪の駅前は昭和の雰囲気も残しつつ、駅前広場は明るく整備されていました。

>日常旅行日記「多治見60年代」
     「懐かしの土岐」

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駅前にある地図です。
瑞浪の街は中心部を土岐川が蛇行していて、街が分かれています。
昔の空中写真を見ると、旧市街は川の西側と、瑞浪駅の南側の半島状の地域、線路の北側を平行して通る旧街道のあたりのようです。

駅からは東に本町通り、南西に元町通り、新しく南へ公園通りが伸びています。
旧市街を意識しつつ歩きました。

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まずは東の方、駅前を東西に横切り、角度を変えて土岐橋に向かう、本町通りの周辺を紹介します。
こちらはタチ医院です。
診察室と後ろに続く自宅の2階が下見板張りです。

タチ医院HPの「ごあいさつ」によると、ここは昭和9年に建てられた大竹医院という眼科医院で、その後、外科の「桜井医院」の時代をへて、昭和42年からタチ医院となったそうです。
真新しく見えるのは、平成17年にバリアフリー対応改修をされたからで、それでも古い外観を維持されているのはありがたく思います。

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もう少し駅寄りで気になった建物に、犬養産業(株)瑞浪営業所があります。
これなどもサイディングを外せば本体は古いのではと思ってしまいますが、自分の目に補正をかけすぎかも。

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本町通りは、現在の幹線と分かれた後、角度を変えて、一直線に土岐川に向かっています。

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その道の先、土岐川の向こうに洋風建築と黒い建物があり、アイストップとして呼んでいます。
始禄というのはお酒の名前で、元禄時代創業の中島醸造という造り酒屋さんです。

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手前に架かる土岐橋は昭和5年竣工。
洋館とともに味がありますが、点検結果が良くなく、掛け替えが検討されています。

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この洋館も中島醸造さんの持ち物のようですが、使われている雰囲気ではなく、心配です。
こういう立地の建物は街の顔なので、風景として残ってほしいところ。

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壁には面白いタイルが使われていました。
アフリカで干上がった池の底のような。

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さらに先に進んでみました。
広大な酒屋の敷地を周りこむと、正門前からまたまっすぐ道が伸びて、きれいな水路があります。

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さらに歩いて行くと、古い公会堂がありました。
益見公会堂という看板がかかっています。
今も使われている様子。

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瓦は益見の「益」の字入りです。
益見というのは地区の名前です。

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街の東側はこれぐらいとして、次は街の中心部です。

古い町屋はたくさんありますが、寺河戸町のこの洋風住宅が気になりました。
煉瓦積みの塀があり、2階建ての洋風建築から和風の部屋が突き出しています。

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川の西側は元町という地名が見えますのでどうも古そう。
美濃窯業の2本の煉瓦煙突が目立っています。
奥が大正9年の角形煙突、手前が昭和10年の丸形煙突です。
東濃地方に残る最大級の煙突として、ともに登録有形文化財になっています。

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元町通り沿いの、たぶん元散髪屋さん。

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川の西側は河岸段丘になっていて面白い地形です。

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段丘の上には古い住宅もありました。
とくにこの建物、すごく良い洋館付き住宅です。
洋館部分だけが目立つことなく、和館の中に取り込まれています。

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和館にサンドされた洋館付き住宅も。
たぶん、右側の和館は後から建てられたものでしょう。

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戦後のものという感じですが、消防団の消器庫が下見板張りの建物でありました。

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玄関部分が下見板張りになっている建物もあります。
面白い構造ですが、なぜ玄関が2つ?

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これは何ともいいがたいですが、川沿いに目立つ洋風住宅がありました。
新しそうにも見えますが、気になるので参考に載せておきます。

とくにあてもなく訪ねた瑞浪でしたが、いい建物に出会えました。

<関連記事>
 日常旅行日記「多治見・土岐の記事一覧」

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2016年4月29日 (金)

まちかどの近代建築写真展 in 名古屋Ⅰ 開催中

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(名古屋市・敷島湯)

まちかどの近代建築写真展の第1回名古屋展が開催されています。
大阪展では展示しきれなかった「小さな建物たち」の写真800点に加え、地元愛知県の近代建築の写真200点以上、合計1000枚以上の写真が展示されています。

関連イベントもありますので、名古屋でご都合のつく方、ぜひお出かけください。

■まちかどの近代建築写真展in名古屋Ⅰ
 愛知・名古屋の近代建築 & 想い出の商店街
「小さな建物たち」 

開催概要
 場所:公益財団法人名古屋まちづくり公社 
    名古屋都市センター 
    11階まちづくり広場(ボストン美術館同ビル)
 住所:〒460-0023 
  愛知県名古屋市中区金山町一丁目一番一号 金山南ビル内
 TEL:052-678-2200 
 会期:4/26(火)~5/8(日) ※5/2(月)は休館
 開館時間:10時〜18時(最終日15時まで)
 入場料:無料

 招待作家:大場典子氏(針穴写真家)、加美秀樹氏(考現学写真家)、クレメンス・メッツラー氏(イラストレーター)、宮井周平氏(近代建築スケッチ会主宰)

 主催:まちかどの近代建築写真展in名古屋実行委員会
 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会・近代建築探訪メーリングリスト・名古屋スリバチ学会

<関連イベント>
■講演会「あきなうみせがまえ」
 考現学的見地から商店建築(各種商店、遊郭含む)を解説します。
 講 師:フリーライター・考現学 加美 秀樹氏
 日 時:2016年5月1日(日)13:00-14:00(開場12:30)
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11階ホール

■発表会「近代建築~私の1枚」
 自分の好きな建物の写真を1枚持ってきて、語っていただきます。
 発表者は自由参加。
 日 時:2016年5月1日(日)14:00-15:00
 参加費:無料
 場 所:名古屋都市センター11階ホール
 お申込は下記まで。
 E-mail tatemono2016@gmail.com (写真展実行委員会)

■ギャラリートーク
 全国の近代建築を撮り歩いてきたお二人による写真解説
 スピーカー:岡崎紀子氏、前村敏彰氏
 日 時:2016年5月8日(日)
    第一回 10:30〜  第二回 11:30〜
 参加費:無料

■講演会「まちの宝物・産業遺産の魅力を探る
    ~熊本地震を機にまちなか建築の価値を考えよう~」

 講師:市原猛志氏(九州大学百年史編集室助教、
     北九州市門司麦酒煉瓦館館長、産業考古学会理事) 
 日 時:2016年5月8日(日)13:30-14:30
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11F ホール

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2016年3月25日 (金)

大正の鶴舞公園(名古屋市)

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鶴舞公園平面図、大正初期(佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』、1977年、p349)
※クリックすると拡大します

名古屋の鶴舞(つるま)公園探訪の続きです。
鶴舞公園は第10回関西府県連合共進会の会場となった後、明治45年から跡地の本格的な整備に入り、大正時代にほぼ完成しました。
今回の記事では大正時代の鶴舞公園について紹介します。

今回の写真もとくに注釈がなければ、2015年1月のものです。

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公園内に掲げられていた私立名古屋図書館の解説板。
※クリックすると拡大します

大正年間には公園内に文化・スポーツ施設が整備されていきました。
大正2年、共進会時の林野別館を改造して、竜ヶ池畔に私立名古屋図書館が開館しました。
写真を見て分かるように、浮見堂のたもとにありました。

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大正12年、図書館は市立名古屋図書館となって鯱ヶ池(今はベビーゴルフ場)畔に移転し、現在の図書館は昭和59年に新築された名古屋市鶴舞中央図書館です。

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大正2年には運動場も整備されます。
平面図で見ると今の運動場をトラックと野球場の2つに分けたような状態です。
さらに昭和7年、鶴舞公園運動場が開設されます。
スタンドがとても低い。

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運動場外周の石垣。
どの時代かは分かりません。

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小さな門。古そうにも見えます。

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運動場の土手上にあった水飲み場。
石造なのがレアに思います。

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園内解説板によれば、大正7年、私立浪越動物園より寄贈を受けて、市立動物園が開園しました。
現在、通用門の門柱のみが残っています。

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動物園があった場所。
面積1.2ha、飼育動物は250種800点に及びました。
動物園は昭和12年に東山に移ります。

日常旅行日記「東山公園・動物園」

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※クリックすると拡大します

大正12年には沼沢地を改造して菖蒲池ができました。
戦時中はイモ畑、麦畑になりましたが、戦後復元されました。

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※クリックすると拡大します

胡蝶池から流れる川をまたいで、石積の橋があります。

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橋の親柱はアーチのデザインです。
未来派といえば良いのでしょうか。
菖蒲池ができたのと同じ、大正12年の文字が入っています。

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※クリックすると拡大します(再掲)

前の記事でもこの写真を使いましたが、関西府県連合共進会の会場の北部18406坪は明治44年に県立愛知医学専門学校・愛知病院の用地として譲渡され、大正3年に新築移転してきました。
現在は名古屋大学医学部と附属病院です。

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建物は新しくなっているものの、校門が残っています。

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愛知県立医学専門学校の正門。

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正門両脇の壁と柱は、スクラッチタイルとテラコッタ、石の組み合わせで、は虫類の皮膚のようです。

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こちらは県立愛知病院の正門。
学校の正門との違いがほとんど分かりません。

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もう一つ、鶴友会館の門があって、こちらは塀と同様のスクラッチタイル+テラコッタ+石の正門です。

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ゆるやかな傾斜がついているので、塀が少しずつずれて上がっていくのが面白いところです。

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『名古屋市全図』(大正15年)より鶴舞公園周辺
※クリックすると拡大します

そして大正末年にはこんな配置になっていました。
右端の八幡山古墳が公園に取り込まれたのは、大正8年のことです。
既に周囲の都市化が進んで、学校や住宅地に囲まれています。

(参考)
 名古屋市みどりの協会HP「鶴舞公園の歴史」
 愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
 佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)

(関連記事)
*名古屋の近代公園
 「中村公園のラジオ塔?」
 「名古屋のラジオ塔、再び」
 「東山動物園の旧モノレール」
 「東山動物園の恐竜像」
 「東山公園・動物園」
 「東山植物園の温室」
 「道徳公園のクジラ像」
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

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2016年3月20日 (日)

明治の鶴舞公園(名古屋市)

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2015年1月に名古屋の鶴舞(つるま)公園を訪ねました。
明治42年開園の歴史ある公園で、広い園内には近代の遺産がたくさん残されており、近代の公園好きとしては外せない場所です。
数回に分けて紹介します。

なお、写真はとくに注釈のない場合は、2015年1月時のものです。
古い記事となってすみません。

鶴舞公園は軸線が強く意識されている公園で、この写真は鶴舞駅前の入口から、ヒマラヤ杉の並木を通って噴水塔に至る中央の軸です。ヒマラヤ杉のうち何本かは、後で紹介する明治43年の関西府県連合共進会の際に植えられたものだそうです。

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この中央軸は公園の外にも続いていて、JRの高架に、明治42年の開園時に作られた扁額の復元品が掲げられています。開園時の内閣総理大臣だった桂太郎の筆によります。元々のものは戦時供出されたそうです。

さらにこの先、軸を延長すると新堀川(旧精進川)に至るのですが、そこには記念橋が架かっています。
新堀川とは、新堀川を掘るときに出た余った土砂を、鶴舞公園造成に使ったという関係にあります。

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これが現在の鶴舞公園の配置図です。
噴水塔を中心に放射状に軸が伸びているのが分かります。
大きく分けて、左上が洋風公園、右上が和風公園、下が運動公園になっています。

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「第10回関西府県連合共進会会場全図」(愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)、p331より引用)
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元々鶴舞公園は、第10回関西府県連合共進会の会場として整備されました。
京都の岡崎公園、大阪の天王寺公園(ともに内国勧業博覧会を機に整備)と同じ成り立ちの公園です。

関西府県連合共進会は、内国勧業博覧会(万博のといった方が分かりやすいか)の地方版で、明治16年の大阪開催から2〜5年ごとに各府県持ち回りで開催されていました。

明治43年の名古屋開催は、名古屋開府300年記念事業として、愛知県は前回の三重県開催から予算規模を4倍に増やすという熱の入れようでした。共進会は入場者236万2748人を集めて大成功し、「名古屋が近代的城下町から近代都市へと発展する契機になったと評価され」ています。

多くの施設は仮設でしたが、噴水塔、奏楽堂、貴賓館(聞天閣。戦災で焼失)の3つが永久建築として建設されました。図は左が北なのでご注意下さい。

共進会終了後、永久建造物を残して仮設建築を解体し、本多静六博士、鈴木禎次工学士の設計で、公園の再整備が行われました。

会場の左側(北側)部分は、明治44年に愛知医学専門学校、愛知病院の敷地として譲られ、現在は名古屋大学医学部・附属病院となっています。また後に八幡山古墳が公園に追加されました。

(参考)愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
    佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)
    名古屋商工会議所HP「第10回関西府県連合共進会」

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共進会の絵葉書(著者蔵)。写真が裏焼きだったため、反転。
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ちょうど共進会開催時の絵葉書がありましたので、紹介しておきます。
手前が噴水塔で、当時は側面の小池と背面の大池はありません(大正3年に付加)。

左に一部見えているのが会場入口、その奥が展示館の南翼、一番奥に見えるお城は愛知県売店で、右に見える立派な建物は大阪府売店です。

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さて現在の噴水塔全景です。
地下鉄鶴舞線の建設工事の際に一度解体されましたが、元通りに復元されました。

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もう少し近くから。
全体的には西洋古典様式のデザインです。
設計は鈴木禎次・鈴川孫三郎。

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中央の噴水塔。
足元には木曽川から運んだ岩が配されていて、ここだけ和風です。

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名古屋市章が入った水盤。
カラスの水飲み場に。

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噴水塔のステージ上から公園入口を見たところ。

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絵葉書より(筆者蔵)。

前池の両脇にある塔には、元は照明器具が付いていました。

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絵葉書より(筆者蔵)。

夜はこのように灯りが灯っていました。

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(2016年1月30日撮影)

こちらは共進会時のもう一つの記念物、奏楽堂です。
こちらも鈴木禎次の設計。ルネサンス風で、細部にはアールヌーヴォー風のデザインも入っています。
当初は木造だったのですが、昭和9年に室戸台風で大被害を受けて取り壊され、昭和12年にRC造のシンプルなものに建て替えられました。その後、2代目の奏楽堂も取り壊され、現在は平成9年に創建当初の形に復元(ただし柱は鋼柱に)された3代目奏楽堂が建っています。

奏楽堂が重要な意味を持つのは日比谷公園と同様で、「当時は公園の奏楽堂で軍楽隊の演奏を聴くことが文化の先端を行く風潮であったと考えられる」(『日本公園緑地発達史』)そうです。

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周囲の柵には音符が配されていて、君が代の楽譜になっているそうです。

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奏楽堂の脇には、2代目奏楽堂の棟飾りと舞台の縁石を利用したモニュメントが立てられています。
こちらはアールデコですね。

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※2万分の1迅速図「名古屋」(明治24年測図)。この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。
※クリックすると拡大します

ところで、少し話を戻して、鶴舞公園がどんな場所に作られたかということも見ておきます。
開園前の敷地は名古屋市街地の外、御器所村です(明治42年名古屋市に編入)。
台地沿いの低湿地で水田や大根畑が広がっていました。
そのため、新堀川の土砂で埋め立てたわけです。

公園内にはその時の痕跡もあって、竜ヶ池は潅漑用のため池でした。

>もう少し広範囲の地図はこちらをどうぞ
 「今昔マップ on the web」鶴舞公園付近

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古写真「愛知医学専門学校及び愛知病院全景」(筆者蔵)
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この古写真は恐らく大正初期のものです。
大正3年に移転してきた愛知県立医学専門学校と附属病院を写した写真ですが、手前に鶴舞公園の竜ヶ池が大きく映り込んでいます。
右の小川から水が流れ込み、左の堰堤で堰き止めているため池の様子がよく分かります。

右下にはたぶん護岸用の石、左奥には多くの土管が積まれていて、改修工事進行中の様子が伝わってきます。

なお左に映っている浮見堂は、空襲時の爆風で飛ばされましたが、同様のものが再建されています。

周辺の下水道が整備されるとともにため池に流入する水が減り、水質が悪化したため、昭和30年には近くのビール工場から冷却水の余り水をパイプで引いて、落差4mの酒勾の滝というものが設けられました。ビール工場が平成12年に閉鎖されたため、今は水を引いていません。

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現在の竜ヶ池を北から写したものです。正面に浮見堂が見えます。

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浮見堂を近くから。

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竜ヶ池に流れ込む水路。

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日本庭園には、共進会開催に合わせて作られた池があります。
その一つが胡蝶ヶ池。
鈴菜橋を中心に、蝶が羽を広げたような形をしています。
この写真に写っている南側部分は、終戦後、進駐軍により埋め立てられ、ベビーゴルフ場になっていましたが、昭和30年に復元されました。

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また胡蝶ヶ池から出た水は秋の池に注ぎます。
秋の紅葉が美しい樹木を植えた池です。
その後、春の池、夏の池へと水を流す予定でしたが実現していません。
春の池・夏の池は、今の庭球場、公会堂のあたりです。

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最後にちょっとユニークなものを。
公園の北東にあるソテツです。
公園開設時に鬼門を抑えるために植えられたらしいです。
江戸時代の残像を感じる、初期の公園らしい設計配慮だなと思います。

(参考)
 名古屋市みどりの協会HP「鶴舞公園の歴史」
 愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
 佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)

(関連記事)
*名古屋の近代公園
 「中村公園のラジオ塔?」
 「名古屋のラジオ塔、再び」
 「東山動物園の旧モノレール」
 「東山動物園の恐竜像」
 「東山公園・動物園」
 「東山植物園の温室」
 「道徳公園のクジラ像」
*関連する公園
 「博覧会跡の岡崎公園」
 「日比谷公園の明治」
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

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2016年3月 6日 (日)

まちかどの近代建築写真展 in 大阪XI 「小さな建物たち」始まる

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今回で11回目となる、まちかどの近代建築写真展 in 大阪が始まりました。
毎年春の恒例になっていて、写真展の春場所。
今回のテーマは「小さな建物たち」ということで、銭湯、散髪屋、商店などの看板建築などが取り上げられています。ある意味、今まで以上に「かわいい」建物たちです。

すぐに来ていただきたいところですが、一度だけ来られるつもりなら、4/2(土)以降の最終週がお勧めです。
というのは、街の小さな建物などを描かれているオーライタローさんの油絵絵画展「小さな建物、街の記憶」がコラボ開催されます。その期間、実行委員会メンバーの方が在廊されているので、直接お話もできます。

大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真コーナーもあります。

以下、開催概要

 「まちかどの近代建築写真展in大阪ⅩⅠ」(通算第53回)
 テーマ「想い出の商店街 小さな建物たち」

 会期2016年3月5日(土)~4月9日(土)
  3月5日(土)は13時から。最終日は15時まで
 
 会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
  〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 3F
  Tel 06-6576-0880
 OPEN  11:00~18:00
 CLOSE  火曜日,水曜日 ※ご注意

 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会
         近代建築探訪メーリングリスト 

【関連サイト】
 ハハハな一日「今年もあります!まちかど近代建築写真展」
 オーライタローさんのブログ「日々是オーライ」 


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設営を少しお手伝いしてきました。
会場は昭和10年に建てられた天満屋ビル。カフェハaハaハaさんでの開催です。

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今回、大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真展も同時開催されています。

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設営終了後には、名物のハハハヤシライス。
スープセットも出来ていて、ますますメニューが充実していました。
ケーキセットなどもあります。
ぜひカフェハaハaハaさんでお茶・お食事して帰って下さい。

ちなみにお隣のレトロビル、商船三井築港ビルにもうどん屋さん、たいやき屋さんが入っていますので、お腹に余裕がありましたら。

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