2016年8月16日 (火)

京の夏の旅で住宅見学(京都市)

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毎年季節ごとに開催されている京都の文化財特別公開イベント「京の夏の旅」で、住宅計3ヶ所を見学してきました。
今回、テーマが「学校に残る文化財」「お屋敷・庭園の美」ということです。

開催日時は、7月9日(土)〜9月30日(金) 10〜16時(並河家住宅は〜15時)
(和中庵のみ8月1日(月)〜23日(火))
入場料は1ヶ所600円です。

見に行かれるきっかけになるかどうか分かりませんが、簡単に紹介します。
個人的に気に入った順です。

■藤田家住宅

西陣の帯屋さんです。
上の写真で、手前側が明治期の東棟、奥が昭和期の西棟となっていて、今回の公開部分は西棟です。

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この写真は洋室です。
全体に派手さはなく、目が慣れないうちは分からないのですが、解説をしてもらううちに段々すごさがみえてきます。

洋室から3階までの吹き抜け、数寄屋の座敷を通って中庭まで、夏のしつらえということで簾戸やすだれで仕切られています。風は完全に通しつつ、視線や光はコントロールされているようです。

畳の目の細かさ、簾戸の彩色、各部の材の吟味、引手の遊びなど、教えてもらって初めて気付くことが多々ありました。

非常に京都らしい建物だと思います。
何より、この場で夏の風を感じないと伝わりません。

地下鉄今出川駅から徒歩15分ですので、アクセスは便利です。
平安女学院有栖館までも25分で歩けます(今の季節はちょっと辛いけど)。

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■ノートルダム女学院中学高等学校 和中庵

元々はスキー毛糸の共同毛糸紡績を創業した藤井彦四郎が、大正15年から昭和3年にかけて建設したお屋敷だそうです。
戦後、土地建物はアメリカから来日したノートルダム修道女会に売却され、修道院となりました。
その際、内装は修道院らしい質素なものに作り替えられたそうです。
シスターが高齢化したことで修道院としての役割を終えた後、和風の主屋は取り壊されましたが、洋館・奥座敷・蔵・茶室は、改修工事が施されて、2015年に完成、今回の公開に至ったとのことです。

戦後に改変されたとはいえ、洋館は各所に愛らしい装飾があり、バラの装飾が入った暖炉、天井飾り、床の寄木細工など楽しめました。

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谷をまたぐ渡り廊下でつながる奥座敷は眺めが良く、とくにこの書斎みたいな場所は、ぜひここで過ごしてみたいと思える部屋でした(ここは入れません)。

私は今回、京阪・神宮丸太町駅から和中庵まで歩きましたが、結構遠いので、素直にバスを使った方が良さそうです。
この和中庵のみ、8月23日(火)で公開が終わりますのでご注意ください。

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■平安女学院大学 有栖館

幕末に有栖川宮別邸として建設されたものらしいのですが、完成した時には明治を迎え、宮家は東京に移るということで、結局、京都地方裁判所所長宿舎の一部として移築されてからの期間が長かったようです。
2007年に平安女学院の所有となり、保存されています。

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庭園は2009年に十一代小川治兵衛氏により作庭されていて、座敷からの眺めが良いですが、建物としてはシンプルかなあと思いました。手前の板張り部分は能舞台としても使用できるようになっているそうです。

地下鉄・丸太町駅から徒歩2分なのでアクセスは便利です。


このほか、並河家住宅 並河靖之七宝記念館も公開されていますが、ここは春・秋に一般公開されています。観光協会に公開部分が違うのかどうか問い合わせたところ、「今回は解説がつくのが違い」とのことでしたので、春秋にゆっくり見た方が良いかなと思い、パスしました。

<参考サイト>
 第41回「京の夏の旅」公式HP

<関連記事>
 「有鄰館 日本館の公開」(2015年の京の夏の旅)
 「島原の輪違屋」(2014年の京の夏の旅)

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2016年8月 7日 (日)

瑞浪の近代建築など(岐阜県瑞浪市)

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先月、多治見市笠原にオープンしたモザイクタイルミュージアムを訪ねる機会があり、翌日、瑞浪の街を歩きました。多治見・土岐については2008年に訪ねていますので、今回は瑞浪を紹介します。瑞浪は周辺の街と同じく陶器の街のようです。

瑞浪の駅前は昭和の雰囲気も残しつつ、駅前広場は明るく整備されていました。

>日常旅行日記「多治見60年代」
     「懐かしの土岐」

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※クリックすると拡大します

駅前にある地図です。
瑞浪の街は中心部を土岐川が蛇行していて、街が分かれています。
昔の空中写真を見ると、旧市街は川の西側と、瑞浪駅の南側の半島状の地域、線路の北側を平行して通る旧街道のあたりのようです。

駅からは東に本町通り、南西に元町通り、新しく南へ公園通りが伸びています。
旧市街を意識しつつ歩きました。

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※クリックすると拡大します

まずは東の方、駅前を東西に横切り、角度を変えて土岐橋に向かう、本町通りの周辺を紹介します。
こちらはタチ医院です。
診察室と後ろに続く自宅の2階が下見板張りです。

タチ医院HPの「ごあいさつ」によると、ここは昭和9年に建てられた大竹医院という眼科医院で、その後、外科の「桜井医院」の時代をへて、昭和42年からタチ医院となったそうです。
真新しく見えるのは、平成17年にバリアフリー対応改修をされたからで、それでも古い外観を維持されているのはありがたく思います。

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もう少し駅寄りで気になった建物に、犬養産業(株)瑞浪営業所があります。
これなどもサイディングを外せば本体は古いのではと思ってしまいますが、自分の目に補正をかけすぎかも。

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本町通りは、現在の幹線と分かれた後、角度を変えて、一直線に土岐川に向かっています。

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※クリックすると拡大します

その道の先、土岐川の向こうに洋風建築と黒い建物があり、アイストップとして呼んでいます。
始禄というのはお酒の名前で、元禄時代創業の中島醸造という造り酒屋さんです。

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※クリックすると拡大します

手前に架かる土岐橋は昭和5年竣工。
洋館とともに味がありますが、点検結果が良くなく、掛け替えが検討されています。

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※クリックすると拡大します

この洋館も中島醸造さんの持ち物のようですが、使われている雰囲気ではなく、心配です。
こういう立地の建物は街の顔なので、風景として残ってほしいところ。

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壁には面白いタイルが使われていました。
アフリカで干上がった池の底のような。

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さらに先に進んでみました。
広大な酒屋の敷地を周りこむと、正門前からまたまっすぐ道が伸びて、きれいな水路があります。

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※クリックすると拡大します

さらに歩いて行くと、古い公会堂がありました。
益見公会堂という看板がかかっています。
今も使われている様子。

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瓦は益見の「益」の字入りです。
益見というのは地区の名前です。

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※クリックすると拡大します

街の東側はこれぐらいとして、次は街の中心部です。

古い町屋はたくさんありますが、寺河戸町のこの洋風住宅が気になりました。
煉瓦積みの塀があり、2階建ての洋風建築から和風の部屋が突き出しています。

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※クリックすると拡大します

川の西側は元町という地名が見えますのでどうも古そう。
美濃窯業の2本の煉瓦煙突が目立っています。
奥が大正9年の角形煙突、手前が昭和10年の丸形煙突です。
東濃地方に残る最大級の煙突として、ともに登録有形文化財になっています。

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※クリックすると拡大します

元町通り沿いの、たぶん元散髪屋さん。

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※クリックすると拡大します

川の西側は河岸段丘になっていて面白い地形です。

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※クリックすると拡大します

段丘の上には古い住宅もありました。
とくにこの建物、すごく良い洋館付き住宅です。
洋館部分だけが目立つことなく、和館の中に取り込まれています。

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※クリックすると拡大します

和館にサンドされた洋館付き住宅も。
たぶん、右側の和館は後から建てられたものでしょう。

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戦後のものという感じですが、消防団の消器庫が下見板張りの建物でありました。

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※クリックすると拡大します

玄関部分が下見板張りになっている建物もあります。
面白い構造ですが、なぜ玄関が2つ?

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※クリックすると拡大します

これは何ともいいがたいですが、川沿いに目立つ洋風住宅がありました。
新しそうにも見えますが、気になるので参考に載せておきます。

とくにあてもなく訪ねた瑞浪でしたが、いい建物に出会えました。

<関連記事>
 日常旅行日記「多治見・土岐の記事一覧」

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2016年4月29日 (金)

まちかどの近代建築写真展 in 名古屋Ⅰ 開催中

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(名古屋市・敷島湯)

まちかどの近代建築写真展の第1回名古屋展が開催されています。
大阪展では展示しきれなかった「小さな建物たち」の写真800点に加え、地元愛知県の近代建築の写真200点以上、合計1000枚以上の写真が展示されています。

関連イベントもありますので、名古屋でご都合のつく方、ぜひお出かけください。

■まちかどの近代建築写真展in名古屋Ⅰ
 愛知・名古屋の近代建築 & 想い出の商店街
「小さな建物たち」 

開催概要
 場所:公益財団法人名古屋まちづくり公社 
    名古屋都市センター 
    11階まちづくり広場(ボストン美術館同ビル)
 住所:〒460-0023 
  愛知県名古屋市中区金山町一丁目一番一号 金山南ビル内
 TEL:052-678-2200 
 会期:4/26(火)~5/8(日) ※5/2(月)は休館
 開館時間:10時〜18時(最終日15時まで)
 入場料:無料

 招待作家:大場典子氏(針穴写真家)、加美秀樹氏(考現学写真家)、クレメンス・メッツラー氏(イラストレーター)、宮井周平氏(近代建築スケッチ会主宰)

 主催:まちかどの近代建築写真展in名古屋実行委員会
 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会・近代建築探訪メーリングリスト・名古屋スリバチ学会

<関連イベント>
■講演会「あきなうみせがまえ」
 考現学的見地から商店建築(各種商店、遊郭含む)を解説します。
 講 師:フリーライター・考現学 加美 秀樹氏
 日 時:2016年5月1日(日)13:00-14:00(開場12:30)
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11階ホール

■発表会「近代建築~私の1枚」
 自分の好きな建物の写真を1枚持ってきて、語っていただきます。
 発表者は自由参加。
 日 時:2016年5月1日(日)14:00-15:00
 参加費:無料
 場 所:名古屋都市センター11階ホール
 お申込は下記まで。
 E-mail tatemono2016@gmail.com (写真展実行委員会)

■ギャラリートーク
 全国の近代建築を撮り歩いてきたお二人による写真解説
 スピーカー:岡崎紀子氏、前村敏彰氏
 日 時:2016年5月8日(日)
    第一回 10:30〜  第二回 11:30〜
 参加費:無料

■講演会「まちの宝物・産業遺産の魅力を探る
    ~熊本地震を機にまちなか建築の価値を考えよう~」

 講師:市原猛志氏(九州大学百年史編集室助教、
     北九州市門司麦酒煉瓦館館長、産業考古学会理事) 
 日 時:2016年5月8日(日)13:30-14:30
 参加費:無料
 定 員:60名(先着順)
 場 所:名古屋都市センター11F ホール

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2016年3月25日 (金)

大正の鶴舞公園(名古屋市)

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鶴舞公園平面図、大正初期(佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』、1977年、p349)
※クリックすると拡大します

名古屋の鶴舞(つるま)公園探訪の続きです。
鶴舞公園は第10回関西府県連合共進会の会場となった後、明治45年から跡地の本格的な整備に入り、大正時代にほぼ完成しました。
今回の記事では大正時代の鶴舞公園について紹介します。

今回の写真もとくに注釈がなければ、2015年1月のものです。

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公園内に掲げられていた私立名古屋図書館の解説板。
※クリックすると拡大します

大正年間には公園内に文化・スポーツ施設が整備されていきました。
大正2年、共進会時の林野別館を改造して、竜ヶ池畔に私立名古屋図書館が開館しました。
写真を見て分かるように、浮見堂のたもとにありました。

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大正12年、図書館は市立名古屋図書館となって鯱ヶ池(今はベビーゴルフ場)畔に移転し、現在の図書館は昭和59年に新築された名古屋市鶴舞中央図書館です。

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大正2年には運動場も整備されます。
平面図で見ると今の運動場をトラックと野球場の2つに分けたような状態です。
さらに昭和7年、鶴舞公園運動場が開設されます。
スタンドがとても低い。

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運動場外周の石垣。
どの時代かは分かりません。

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小さな門。古そうにも見えます。

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運動場の土手上にあった水飲み場。
石造なのがレアに思います。

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園内解説板によれば、大正7年、私立浪越動物園より寄贈を受けて、市立動物園が開園しました。
現在、通用門の門柱のみが残っています。

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動物園があった場所。
面積1.2ha、飼育動物は250種800点に及びました。
動物園は昭和12年に東山に移ります。

日常旅行日記「東山公園・動物園」

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※クリックすると拡大します

大正12年には沼沢地を改造して菖蒲池ができました。
戦時中はイモ畑、麦畑になりましたが、戦後復元されました。

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※クリックすると拡大します

胡蝶池から流れる川をまたいで、石積の橋があります。

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橋の親柱はアーチのデザインです。
未来派といえば良いのでしょうか。
菖蒲池ができたのと同じ、大正12年の文字が入っています。

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※クリックすると拡大します(再掲)

前の記事でもこの写真を使いましたが、関西府県連合共進会の会場の北部18406坪は明治44年に県立愛知医学専門学校・愛知病院の用地として譲渡され、大正3年に新築移転してきました。
現在は名古屋大学医学部と附属病院です。

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※クリックすると拡大します

建物は新しくなっているものの、校門が残っています。

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愛知県立医学専門学校の正門。

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正門両脇の壁と柱は、スクラッチタイルとテラコッタ、石の組み合わせで、は虫類の皮膚のようです。

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こちらは県立愛知病院の正門。
学校の正門との違いがほとんど分かりません。

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※クリックすると拡大します

もう一つ、鶴友会館の門があって、こちらは塀と同様のスクラッチタイル+テラコッタ+石の正門です。

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※クリックすると拡大します

ゆるやかな傾斜がついているので、塀が少しずつずれて上がっていくのが面白いところです。

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『名古屋市全図』(大正15年)より鶴舞公園周辺
※クリックすると拡大します

そして大正末年にはこんな配置になっていました。
右端の八幡山古墳が公園に取り込まれたのは、大正8年のことです。
既に周囲の都市化が進んで、学校や住宅地に囲まれています。

(参考)
 名古屋市みどりの協会HP「鶴舞公園の歴史」
 愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
 佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)

(関連記事)
*名古屋の近代公園
 「中村公園のラジオ塔?」
 「名古屋のラジオ塔、再び」
 「東山動物園の旧モノレール」
 「東山動物園の恐竜像」
 「東山公園・動物園」
 「東山植物園の温室」
 「道徳公園のクジラ像」
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

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2016年3月20日 (日)

明治の鶴舞公園(名古屋市)

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2015年1月に名古屋の鶴舞(つるま)公園を訪ねました。
明治42年開園の歴史ある公園で、広い園内には近代の遺産がたくさん残されており、近代の公園好きとしては外せない場所です。
数回に分けて紹介します。

なお、写真はとくに注釈のない場合は、2015年1月時のものです。
古い記事となってすみません。

鶴舞公園は軸線が強く意識されている公園で、この写真は鶴舞駅前の入口から、ヒマラヤ杉の並木を通って噴水塔に至る中央の軸です。ヒマラヤ杉のうち何本かは、後で紹介する明治43年の関西府県連合共進会の際に植えられたものだそうです。

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この中央軸は公園の外にも続いていて、JRの高架に、明治42年の開園時に作られた扁額の復元品が掲げられています。開園時の内閣総理大臣だった桂太郎の筆によります。元々のものは戦時供出されたそうです。

さらにこの先、軸を延長すると新堀川(旧精進川)に至るのですが、そこには記念橋が架かっています。
新堀川とは、新堀川を掘るときに出た余った土砂を、鶴舞公園造成に使ったという関係にあります。

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※クリックすると拡大します

これが現在の鶴舞公園の配置図です。
噴水塔を中心に放射状に軸が伸びているのが分かります。
大きく分けて、左上が洋風公園、右上が和風公園、下が運動公園になっています。

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「第10回関西府県連合共進会会場全図」(愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)、p331より引用)
※クリックすると拡大します

元々鶴舞公園は、第10回関西府県連合共進会の会場として整備されました。
京都の岡崎公園、大阪の天王寺公園(ともに内国勧業博覧会を機に整備)と同じ成り立ちの公園です。

関西府県連合共進会は、内国勧業博覧会(万博のといった方が分かりやすいか)の地方版で、明治16年の大阪開催から2〜5年ごとに各府県持ち回りで開催されていました。

明治43年の名古屋開催は、名古屋開府300年記念事業として、愛知県は前回の三重県開催から予算規模を4倍に増やすという熱の入れようでした。共進会は入場者236万2748人を集めて大成功し、「名古屋が近代的城下町から近代都市へと発展する契機になったと評価され」ています。

多くの施設は仮設でしたが、噴水塔、奏楽堂、貴賓館(聞天閣。戦災で焼失)の3つが永久建築として建設されました。図は左が北なのでご注意下さい。

共進会終了後、永久建造物を残して仮設建築を解体し、本多静六博士、鈴木禎次工学士の設計で、公園の再整備が行われました。

会場の左側(北側)部分は、明治44年に愛知医学専門学校、愛知病院の敷地として譲られ、現在は名古屋大学医学部・附属病院となっています。また後に八幡山古墳が公園に追加されました。

(参考)愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
    佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)
    名古屋商工会議所HP「第10回関西府県連合共進会」

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共進会の絵葉書(著者蔵)。写真が裏焼きだったため、反転。
※クリックすると拡大します

ちょうど共進会開催時の絵葉書がありましたので、紹介しておきます。
手前が噴水塔で、当時は側面の小池と背面の大池はありません(大正3年に付加)。

左に一部見えているのが会場入口、その奥が展示館の南翼、一番奥に見えるお城は愛知県売店で、右に見える立派な建物は大阪府売店です。

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さて現在の噴水塔全景です。
地下鉄鶴舞線の建設工事の際に一度解体されましたが、元通りに復元されました。

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※クリックすると拡大します

もう少し近くから。
全体的には西洋古典様式のデザインです。
設計は鈴木禎次・鈴川孫三郎。

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中央の噴水塔。
足元には木曽川から運んだ岩が配されていて、ここだけ和風です。

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名古屋市章が入った水盤。
カラスの水飲み場に。

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噴水塔のステージ上から公園入口を見たところ。

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絵葉書より(筆者蔵)。

前池の両脇にある塔には、元は照明器具が付いていました。

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絵葉書より(筆者蔵)。

夜はこのように灯りが灯っていました。

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(2016年1月30日撮影)

こちらは共進会時のもう一つの記念物、奏楽堂です。
こちらも鈴木禎次の設計。ルネサンス風で、細部にはアールヌーヴォー風のデザインも入っています。
当初は木造だったのですが、昭和9年に室戸台風で大被害を受けて取り壊され、昭和12年にRC造のシンプルなものに建て替えられました。その後、2代目の奏楽堂も取り壊され、現在は平成9年に創建当初の形に復元(ただし柱は鋼柱に)された3代目奏楽堂が建っています。

奏楽堂が重要な意味を持つのは日比谷公園と同様で、「当時は公園の奏楽堂で軍楽隊の演奏を聴くことが文化の先端を行く風潮であったと考えられる」(『日本公園緑地発達史』)そうです。

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周囲の柵には音符が配されていて、君が代の楽譜になっているそうです。

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奏楽堂の脇には、2代目奏楽堂の棟飾りと舞台の縁石を利用したモニュメントが立てられています。
こちらはアールデコですね。

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※2万分の1迅速図「名古屋」(明治24年測図)。この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成したものです。
※クリックすると拡大します

ところで、少し話を戻して、鶴舞公園がどんな場所に作られたかということも見ておきます。
開園前の敷地は名古屋市街地の外、御器所村です(明治42年名古屋市に編入)。
台地沿いの低湿地で水田や大根畑が広がっていました。
そのため、新堀川の土砂で埋め立てたわけです。

公園内にはその時の痕跡もあって、竜ヶ池は潅漑用のため池でした。

>もう少し広範囲の地図はこちらをどうぞ
 「今昔マップ on the web」鶴舞公園付近

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古写真「愛知医学専門学校及び愛知病院全景」(筆者蔵)
※クリックすると拡大します

この古写真は恐らく大正初期のものです。
大正3年に移転してきた愛知県立医学専門学校と附属病院を写した写真ですが、手前に鶴舞公園の竜ヶ池が大きく映り込んでいます。
右の小川から水が流れ込み、左の堰堤で堰き止めているため池の様子がよく分かります。

右下にはたぶん護岸用の石、左奥には多くの土管が積まれていて、改修工事進行中の様子が伝わってきます。

なお左に映っている浮見堂は、空襲時の爆風で飛ばされましたが、同様のものが再建されています。

周辺の下水道が整備されるとともにため池に流入する水が減り、水質が悪化したため、昭和30年には近くのビール工場から冷却水の余り水をパイプで引いて、落差4mの酒勾の滝というものが設けられました。ビール工場が平成12年に閉鎖されたため、今は水を引いていません。

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現在の竜ヶ池を北から写したものです。正面に浮見堂が見えます。

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浮見堂を近くから。

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竜ヶ池に流れ込む水路。

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日本庭園には、共進会開催に合わせて作られた池があります。
その一つが胡蝶ヶ池。
鈴菜橋を中心に、蝶が羽を広げたような形をしています。
この写真に写っている南側部分は、終戦後、進駐軍により埋め立てられ、ベビーゴルフ場になっていましたが、昭和30年に復元されました。

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また胡蝶ヶ池から出た水は秋の池に注ぎます。
秋の紅葉が美しい樹木を植えた池です。
その後、春の池、夏の池へと水を流す予定でしたが実現していません。
春の池・夏の池は、今の庭球場、公会堂のあたりです。

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最後にちょっとユニークなものを。
公園の北東にあるソテツです。
公園開設時に鬼門を抑えるために植えられたらしいです。
江戸時代の残像を感じる、初期の公園らしい設計配慮だなと思います。

(参考)
 名古屋市みどりの協会HP「鶴舞公園の歴史」
 愛知県教育委員会『愛知県の近代化遺産』(平成17年)
 佐藤昌『日本公園緑地発達史・下巻』(昭和52年)

(関連記事)
*名古屋の近代公園
 「中村公園のラジオ塔?」
 「名古屋のラジオ塔、再び」
 「東山動物園の旧モノレール」
 「東山動物園の恐竜像」
 「東山公園・動物園」
 「東山植物園の温室」
 「道徳公園のクジラ像」
*関連する公園
 「博覧会跡の岡崎公園」
 「日比谷公園の明治」
*全国の近代公園
 「近代の公園」(目次)

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2016年3月 6日 (日)

まちかどの近代建築写真展 in 大阪XI 「小さな建物たち」始まる

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今回で11回目となる、まちかどの近代建築写真展 in 大阪が始まりました。
毎年春の恒例になっていて、写真展の春場所。
今回のテーマは「小さな建物たち」ということで、銭湯、散髪屋、商店などの看板建築などが取り上げられています。ある意味、今まで以上に「かわいい」建物たちです。

すぐに来ていただきたいところですが、一度だけ来られるつもりなら、4/2(土)以降の最終週がお勧めです。
というのは、街の小さな建物などを描かれているオーライタローさんの油絵絵画展「小さな建物、街の記憶」がコラボ開催されます。その期間、実行委員会メンバーの方が在廊されているので、直接お話もできます。

大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真コーナーもあります。

以下、開催概要

 「まちかどの近代建築写真展in大阪ⅩⅠ」(通算第53回)
 テーマ「想い出の商店街 小さな建物たち」

 会期2016年3月5日(土)~4月9日(土)
  3月5日(土)は13時から。最終日は15時まで
 
 会場:ハヤシライスと雑貨の店 ハaハaハa
  〒552-0022 大阪府大阪市港区海岸通1-5-28 3F
  Tel 06-6576-0880
 OPEN  11:00~18:00
 CLOSE  火曜日,水曜日 ※ご注意

 協力:まちかどの近代建築写真展実行委員会
         近代建築探訪メーリングリスト 

【関連サイト】
 ハハハな一日「今年もあります!まちかど近代建築写真展」
 オーライタローさんのブログ「日々是オーライ」 


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設営を少しお手伝いしてきました。
会場は昭和10年に建てられた天満屋ビル。カフェハaハaハaさんでの開催です。

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今回、大場典子さんによる大丸心斎橋店の写真展も同時開催されています。

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設営終了後には、名物のハハハヤシライス。
スープセットも出来ていて、ますますメニューが充実していました。
ケーキセットなどもあります。
ぜひカフェハaハaハaさんでお茶・お食事して帰って下さい。

ちなみにお隣のレトロビル、商船三井築港ビルにもうどん屋さん、たいやき屋さんが入っていますので、お腹に余裕がありましたら。

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2016年2月14日 (日)

名古屋のラジオ塔、再び

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以前、名古屋の中村公園にラジオ塔らしきものがあったと報告しました。
「中村公園のラジオ塔?」
ラジオ塔というのは戦前、ラジオの普及を目的に公園など人の集まる場所に設置された街頭ラジオです。

再び名古屋に行く機会があり、ラジオ塔がありそうな公園をまとめて回ってきました。
資料は、『ラジオ塔大百科』のイチマンさんに教えていただいた『名古屋の公園』です。
昭和18年5月発行の冊子で、昭和18年4月1日現在の公園の状況が載っています。

それによると、ラジオ塔があったのは、
・鶴舞公園
・中村公園
・志賀公園
・南久屋公園
・道徳公園
・松葉公園
・上名古屋公園
の7ヶ所です。

既に中村公園、志賀公園を確認しました。
南久屋公園の場所はよく分かりません。
ということで、再訪の鶴舞公園を含めた4公園を見に行きました。

最初の写真は志賀公園です。
和風の池があります。その池畔に立って見渡したところ、すぐに特徴的な塔に気がつきました。
気持ちを落ち着けながら、近づいていきます。

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これは間違いないでしょう。
背面を除く3面の開口部。灯籠に似た姿。中村公園、道徳公園のラジオ塔に共通する4本足です。
こんなに目立つところに普通にあるとは。

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もう少し近寄ります。

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逆に背後から、ラジオ塔目線で見ると、グラウンドに向かって建てられています。
これならラジオ体操をするにも最適です。

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さらに土台の背後に銘板がはめられていました。
非常に読み取りづらいのですが、
「贈西志賀土地区画整理組合
 昭和十七年八月竣功」
と刻まれているようです。
つまり区画整理事業の竣功記念に建てられたと。
これは貴重な記録だと思います。

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ラジオ塔近くの縁石はつぶつぶの丸石を表面に貼ったコンクリート。
これも昔のものかもしれません。

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公園の地図でいうと、ラジオ塔は、池の左下の位置にあります。

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次に松葉公園。
最後に回ったので日が暮れかけていました。
こちらも和風の池が雰囲気のある公園です。
池の周りをぐるっと回りましたが、ラジオ塔らしきものはありません。

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公園の入口にはよく育った森がありました。
気になる広場がありましたが、ここにもありません。

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あきらめ加減で、遊歩道を歩いていると、道の脇に隠れるようにそれはありました。

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これもラジオ塔に間違いないでしょう。
背面を除く3面開口で、基本的な形は、志賀公園のものによく似ています。
ただし、4本足ではなく、アーチ型に凹んでいます。

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背面から見たところ。
埋めたというより、こういうデザインのような気もしますが、どうでしょう。
くりぬけば志賀公園のラジオ塔にそっくりです。

ただ気になったのは、向きが不自然なことで、どこかから移動させられたのではないでしょうか。
例えばグラウンドを整備する際に邪魔になったとか。

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地図でいうと、ラジオ塔は野球場に東側の遊歩道脇にありました。

以上、2公園でラジオ塔らしきものが確認できました。

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鶴舞公園のラジオ塔は情報が多いです。
『名古屋の公園』の中に一項目立てられており、
「胡蝶ヶ池北辺に設備し燈籠の型を為し利用頗る多い」
位置も形も明治されています。

ただし、胡蝶ヶ池の北側に行ってもそれらしきものはありませんでした。
このあたりの開けた場所にあったのでしょうか。

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池の北に、うち捨てられた灯籠の台座らしきものがありました。
気になりますが、ラジオ塔にしては支えが小さい気がします。

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また池の南には灯籠があり、電気もついていたようですが、やはり普通の灯籠でしょうか。
鶴舞公園はラジオ塔の収穫なしでした。

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上名古屋公園は、相当大きく改修されていて、門柱以外に目立った古いものを見つけられませんでした。小さな公園なので、そう見落としもなさそうです。

トイレの裏に、ひとつ何かの台座の遺構があり、気になりました。

これまでのところ名古屋では、
中村公園、志賀公園、松葉公園の3ヶ所でラジオ塔らしきものを確認し、道徳公園ではラジオ塔の台座らしきものを確認しています。元にした資料はあくまで昭和17年4月1日現在のものであり、それ以後に建てられたものがないとは言い切れません。
今後も名古屋の近代の公園をめぐるついでに、ラジオ塔についても探していきたいと思います。


<関連記事>
 ○ラジオ塔について
  「中村公園のラジオ塔?」
  「円山公園のラジオ塔」ほか
  「中崎遊園地(明石市)のラジオ塔」
  「大浜公園(堺市)のラジオ塔」
  「萩児童公園(京都市)のラジオ塔」
  「諏訪山公園(神戸市)のラジオ塔」
 
 ○近代の公園について
  「近代の公園目次」

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2016年1月24日 (日)

鈴木啓文さんの「知らない街」展開催中(ギャラリーspin・Confidence cafe)

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取り上げるのが遅いのですが、大阪の2つの会場で、鈴木啓文さんのスケッチ展「知らない街」が開催されています。私は2日目に行ってきました。
「ギャラリーspin」(昭和町)・・・1/24(日)まで
 「Confidence cafe」(住吉大社近く)・・・1/26(火)まで

まず、昭和町の昭南ビル2階にあるギャラリーspinさん。
両会場ともですが、時をおいて描かれた2枚のスケッチを並べたものがたくさんあります。
こちらではギャラリー周辺の昭和町の街並みや、心斎橋などが中心です。
とくに大丸心斎橋店本館については、御堂筋の南側から、北側から、屋上、北側の階段!まで数多く描かれていました。

写真と違って、くっきり分かる描き方ではないのですが、しばらく見比べているうちに、浮かび上がるように変化に気付いたりします。

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自転車で走って住吉大社近くのConfidence cafeへ。
前に行ったことはあるのですが、その時は満席で入れず、今回初めて入れました。
古い住宅の風合いを生かして改装したカフェです。

こちらには、解体された朝日新聞社ビルや精華小学校など、それにカフェの店内のスケッチなどが展示されていました。工事のクレーンが生々しいです。

最初に行った日は、私ですとは名乗らずにいて、後から「来られてたんですか?」となったので、今日改めてギャラリーspinに伺いました。
運良く鈴木さんも在廊されていて、クロッキーを描いていただいたり、直接お話を伺ったりできました。

前に来たときより作品が増えていて、大丸心斎橋店では、見学会に並ぶ行列などをスケッチした作品などが追加されていました。

写真だとさっと撮って離れることもできますが、スケッチだと3時間ほどもその場にいないといけないということで、街中は描きにくいものの、それでも工事中のお店の前だったり、意外といい場所があるそうです。
飛田百番など、よく描けたなあと。
そうでなくても、ずっとその場にいるのは、冬場、夏場、大変ですよね。

写真と違った表現で街を見せてもらうことで、街の面白さも増すと思います
どういう経緯でそこを取り上げたのかとか、その時の様子など、画家ご本人に伺えるとまた違った見え方がしました。

写真で街を撮られている作家の方も来られていて(アーケードがお好きだとか)、鈴木さんとまたここで作品展をされると聞き、それも楽しみです。

この作品展、街歩き好きな皆さんでしたら楽しめると思いますので、ぜひ。

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2016年1月17日 (日)

本日、大丸心斎橋店本館の公開

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ご存じの方も多いかと思いますが、1/16(土)、17(日)の2日間、13〜17時(最終受付は16時30分)、大丸心斎橋店本館で、建て替え工事前最後の一般公開が行われます。
本日が最後です。

大丸・松坂屋のカード会員限定とはなっていますが、カード1枚につき2名入れますし、当日カード会員になることも可能と聞いています。ポイントカードでもOKです。

建物は御堂筋側外観は残すとされているものの、美しいアールデコの内装はイメージ保存となってしまう可能性があります。
公開部分は1階のみですが、撮影も可能な、最後の貴重な機会です。

一人でも見逃す方が少なくなるよう、記事にしておきます。

詳しくは、公式HPで
 →大丸HP「大丸心斎橋店本館1階 最後の開放!」

写真は上手な人に任せるとして、内装が残されるよう願いつつ、私もその場に身を置きたいと思います。

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営業最終日の12月30日、御堂筋側玄関では多くの人が建物を見上げて写真に収めていました。
内部も写真撮影は黙認されている状態で、多くの人が写真を撮っていました。二度と作れないような華麗な装飾で、そこにかけられる経費を考えれば、改装したとしてもそれ以上のものが作られるわけがないと分かっていますので、1階の内装など、何らかの形で、一体として保存していただきたいと思います。


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改装後の完成予想模型。
建物外壁の背後に、白い大きな建物が建ちます。

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2016年1月11日 (月)

60年代レストランSun(和歌山県橋本市)

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和歌山県橋本市の紀ノ川沿いに、Sunというレストランがあります。

橋本駅前の通りを下っていくと、紀ノ川沿いを走る国道にぶつかるので、そこを左折してすぐですから、駅から徒歩5分ちょっと。
前からあるのは知っていましたが、あまり気に留めたことはありませんでした。
しかし、初めて入ってみたところ、なかなかいいんです。

まず見ての通り、角丸の窓で60〜70年代の雰囲気を醸し出しています。
観光道路のドライブイン・レストランの風情。

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中もまた60年代の雰囲気です。
このテーブルと椅子。
どこかに50周年の文字があったと思います。とすると1965年頃?
スパゲティのナポリタンとか頼みたくなります。

そしてもう一つ特筆すべきはその眺め。
わざわざ2階にレストランを作っているのですが、南側が全面ガラスになっており、紀ノ川の流れが見下ろせるんです。南海電車が鉄橋を越えていくところも眺められます。

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記事にしたのはそれだけではありません。
駐車場の下に目を転じると、気になる煉瓦構造物が。
いつの時代のものでしょう。

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刻印も確認できました。
六光星です。加えて、その右にも別な刻印があります。タ?
橋本市では六光星の刻印を見る機会が多いです。

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駐車場から降りていく煉瓦の階段があって、その先に煉瓦の構造物が見えています。
アーチ型の開口も見えていて、気になりましたが、降りていくのはためらわれました。

気になってレストランの方にもたずねたのですが、とくに情報は得られませんでした。
こちら方面にお越しの方、ぜひレストランで60年代の雰囲気に浸って、紀ノ川の眺めを堪能し、古いかもしれない煉瓦も眺めてみて下さい。

<関連記事>
 「六光星を追って津守へ」

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